織田軍の戦は今日も絶好調で、私は今日も血に塗れて林檎見たく真っ赤。
だけど清清しくってとっても軽い足取りで本陣に帰ってたわ。
だって今回の戦で織田での地位もあがったろうし、
なにより信長様のお役に立てたんですもの、嬉しいって言わないでなんていうの?
早く帰って濃姫様とお話がしたいし、そうね…夕餉も頂きたいわ!
だって一日通しの戦だったんだもの!
「さて、キミは運命というものを信じるかい」
「行き成りなにいってらっしゃるの?貴方変態?」
君は運命の人
突然私の前に現れた紫と白の男は私の手を持つやいなや
おおよそ見当もつかない事を口にした。運命を信じるか、だって!笑っちゃうわ!
この時代を何だと思ってるのかしらこの半覆面男!しかも手の触り方が気持ち悪いわ。
変態?変態なのかしら。季節の変わり目にはこういうのが居るって蘭丸君が言ってたけれど
本当だったのね!きっと頭沸いちゃってるに違いないわこの男。ああ本当に気持ち悪い!
私の周りにあるあらゆる鈍器であのふわふわした頭、殴ってさしあげたい!
「どうでもいいけど気安く触らないで頂戴」
思い切り手を振り解いた。
だってこの変態、私が許している限り延々と親指で手の甲を撫で続けようとするに違いないわ!
現に今だって『ふふ、気が強いんだね』とかいって笑ってるし。
貴方本当に変態なのね、とか返事したいけど、尚更喜ばれそうで恐ろしくって言えやしない。
こういう変態には関わらないに限るわ、ホント。
「あのね変態さん?私疲れきってるの。もう帰りたいの。分るでしょう?」
「ああ分るとも。だったら豊臣軍に来るといい」
「いやぁよ、私は織田軍の人間だもの」
聞いたことあるわ、他軍の兵を引き抜こうとする男が居るって。
たしか、竹中…竹中半兵衛?そんな名前だったような気がする。
よかったわね竹中半兵衛。私に変態って呼び続けられずにすんで!
「今からだって遅くは無いだろう?さぁ、豊臣軍に来るんだ」
「さっきから自分勝手ねぇ、竹中半兵衛」
「僕の名を知ってるのかい。光栄だね」
頬を染めないで頂戴!気持ち悪いのよ貴方!って言いたいけど、多分この人
罵られて喜ぶ人だわ。光秀もこんな感じだったもの。
まちがってもそんなこといえない。私はひきつる頬を一生懸命に
押さえて『有名だわ』と返した。
大体名前知ってる位で照れる必要がどこにあるの?…もう、変態って呼んだって
かまやしないんじゃないかしら、この人。
「だけど豊臣軍に行くわけにはいかないのよ、いろいろとあってね」
「どうしてだい?豊臣は織田に劣らぬ力は持っているけど」
「力だけじゃあダメよ。やっぱり馴染んだところが一番良いの」
「これから馴染んでいけば良いだけのことだよ」
「でも現に貴方は私に引き抜かれたりはしないでしょ?其れと同じこ・と」
「っ」
はぁいゴメンなさいね。私、口喧嘩なら負けないのよ。(もちろん戦でも負けないけど!)
一瞬だけでもあの豊臣の参謀に言い勝ったことがまず嬉しくって、にこりと笑んだ。
竹中半兵衛の隣を通って北上した先の本陣に帰ろうとしたんだけど、彼ったら
本当にしつこい男ね!腰に挿してた一振りをしゅって私の前に叩きつけて言うことには。
「『こ・と』……くそっ、そんな誘惑に僕が誘われるとでも思っているのかい」
「誘惑?なんのことかしら」
「そ、そんな風に可愛く言ったって僕は織田にはつかないってことさ!」
「…(彼のカワイイの基準が全くわからないわ)」
「よし決めた豊臣にきた暁には僕の室にしよう!だったらいいだろう?」
「…………ん?」
もう何言ってるのかがわかりゃしないわこの変態!
私の口調真似して反芻しないでくれる?!なんだか自身なくしちゃうじゃない!
それに竹中半兵衛の妻なんてとんでもない!あの気味の悪い覆面するなんて御免よ!
恥ずかしくってつけた瞬間死ぬわ!即死、まず即死よ!
私の羨望はあれ、信長様と濃姫様の夫婦のようなかんじなのよ?
第一、太刀なのにどうして伸びるの?私知ってるんだから、その武器とか、
着物の腰帯とか、そういう長いものはとっても振り回しにくいってね!
「毎日僕の隣で起きて寝て…
そうだね、僕はもっと濃いめの味付けが好きなんだけど」
「貴方はもう醤油を酒の代わりに飲むといいわ」
「君が言うのならなんだって飲んであげるよ」
「押し付けがましい事この上ないわね…」
そういえば私ったらどうしてこんな変態とまともに会話してるのかしら?
確かに竹中半兵衛の見てくれはとっても異様で面白いけどね。
こういうどこか振り切れない雰囲気をかもし出すのも実力ってこと、にしとこう。
ああもういいから本陣に返してくれないかしら。本陣に帰ったら興奮した貴方の
話でも何でも聞いてあげるから。(もちろん生きて帰れないだろうけど。)
「つまり、君との運命に気付いてしまったんだ」
突拍子も無いことを言う竹中半兵衛に私の口はだらしなく開いたままになった。
それをみて彼はまた妙に興奮したもんだから、刀の柄で打ってやったら今度は打たれたところを
愛しげに撫でながら『痛いほどの愛が伝わってくるよ君』とか言っちゃって!これがこの人の
引き抜き術なの?だったら大抵の人はこのウザさと変態さに根負けして豊臣軍に行っちゃったのね。
「運命だろうがなんだろうが、私は貴方みたいな変態は好みじゃないの」
「いいかいよく考えてみるんだ。君は深層心理ではきっと変態が好きなんだよ」
「そういうの一般には洗脳って言うんだけどご存じないのね貴方」
まったく話にならないわ!
大仰についた溜息に彼が気を逸らした隙に私は彼の脇側をすり抜けて
走り出した。、竹中変態半兵衛を追い抜きました!彼の驚く顔が目に映るようでありますわ
オホホホォ!これでも足は速いほうなのよ、いっつも城下を走るから。
「待つんだ君!」
後方に聞こえる声。どうやら追ってきてはないみたい。よかった、なんだか彼足速そうな気がしてたから
実際追いかけられたらどうしようって思ってたのよね。安心したわ。安心したついでに良い事
聞かせてあげようかしら。私は立ち止まって振り返った後に少し先に居る竹中半兵衛に言う。
「竹中半兵衛!貴方1人で来たわけじゃないでしょう?」
「ああ、今日は秀吉と」
「じゃあ今は二手に分かれているのね?」
「………っ!まさか!」
「早く行った方がいいんじゃないの?ウチの軍は強いわよ」
くっ、と悔しいのか心労なのかあまりよみとれない顔で彼は唇をかんだ。
ていうか覆面があるお陰でまともな表情なんて分りっこないわ、
忍に成ればいいんじゃない?覆面をとられたら一気に弱気になるような追加要素つきで。
私と南の方を何度も見た後に、彼は走り出した。(もちろんあっちにね)私は
その後姿を見ながら思ったのよ。変態ってほんとうに居たんだなぁ…って!
「君!必ずまた会いに来るよ!」
「いーえ!謹んでお断りさせていただくわ!」
そんなへんてこりんな出会いが、二月前のこと。
「貴方宛に手紙が来てるわよ、」
「手紙ですか?濃姫様、有難う御座います」
「も良い人が出来たのかしら?ふふ…」
「全く…ご冗談を」
濃姫様はたまに城下の女性のような話題に興味を持つ。
なんでもないことなのだけど、私はそれがとっても素敵におもえた。
色んな事に目を向けられるって結構凄いことなのよね。
「さてさて、どなたからの手紙かしら?」
随分と可愛らしい包みに包んである手紙。
私あてに、一体誰がこんなものを送ったのかしら?
昨日おまけしてもらった甘味屋のオバサンかしら、でも
あの人はこんな趣味はしてなさそうだし…
見当もつかないわ。
親愛なる君へ
先日は偶然に君に会えて凄く嬉しかったよ。
勿論誘いを断られるのは予想していたことだけれど
君のその麗しい外見と薔薇の花のように繊細で孤高の心に触れてから
僕の恋慕の炎に油が注がれてしまったようで
気付けば毎夜君の夢を見るように…
ぐしゃっ
そこまできて私は手紙を丸めて、立ち上がると少し廊下を進んだ先の庭でやっている焼き芋の燻りの中に
放り込んだ。小姓の子達が焦ってあたふたしながら『どうなさいましたか様』という
けれど笑顔で目の毒を排除したまでよ、と答えた。
あの変態!折角忘れかけてたのに今になって送るなんて…変態は侮れないわ。
しかもまだ諦めてないみたいだし?私は織田軍の人間だって言ってるでしょう
畜生変態め!今すぐ出てきなさい!ひっとらえてしんぜますわよ!
「どうしたんだいそんなに激昂して」
いけない、私ったら口に出してたみたい!両手で口を押さえた(もう後の祭りだけど)
私ははっと気付いた。さっきの声は一体何処から?
そのとき天井板の外れる音と一緒に聞こえてきた声は忘れかけようとしていたあの変態の、声。
信じらんない!脇刺しに手をかけて其方をみると、もともと身軽そうな体を上手くひん曲げて
音も無く降りてくる変態がいた。だから貴方は忍になればいいのよ。主人馬鹿なところ
なんてあの上杉の忍にそっくりなんだから。
「どうして門から入ってこれないのかしら貴方は」
「愛おしさが募ると人は何でもできるんだよ君」
「じゃあその愛おしさを糧にお早く国に帰ったらどうなのよ」
「拗ねてるのかい?すまなかったね二ヶ月も放って置いて。
僕としては
直ぐにでも君を豊臣に、いや僕の家に迎えて
毎晩お手合わせ願いたいところなんだけど」
「国じゃなくて冥途に行きなさい変態」
言っておくけど、豊臣には行きませんからね。
そうやって釘をさすと竹中半兵衛はああ勿論知っているさと体の埃を払いながら言った。
アタシの部屋に木屑やら埃やらが落ちてるって言うのはどうやらあの変態の頭の中には無いみたい。
「随分お暇してるのね、あなたのご主人はどうだった?」
「秀吉があの程度の兵に負けるわけが無い。掠り傷一つ無かったよ」
「へぇ、そう。よかったわね」
それなりに強いと噂聞く豊臣の総大将のことを思い浮かべてみた。
猿、猿と信長様は言うけれど、本当に猿みたいなのかしら?
それでこの織田の兵とやりあって傷一つなかったって…とんだお猿さんね。
そういば武田にも猿がいたかしらね、猿飛佐助とかいう。
あの人は意外に話が合うのよね、いやに世間話がじょうずで。
「ところで何しに来たの?
そりゃあまぁ、土地は近いけれど。よく此処までこれたわね」
「今回はこの安土城の視察を、ね。豊臣の忍と一緒に来たってワケさ」
「でも……それって私に言ってもいいの?」
「実はそのことで君に会いに来た」
何のこと、そのことって?脇刺しに手を掛けたままの私を手でなだめる様にして言った竹中半兵衛は
話しながら近づいてきた。近づいてこないでよ、変態がうつっちゃうわ!けれど今此処で私が叫び声を上げても
きっと外の人たちには聞こえないでしょうね。ここは離室だから。安土城の天守閣が
窓からみえるのが嬉しくて此処に住まってるけど、今回ばかりは本当に後悔してるわ。
信長様が仰ったとおりに本城に住めばよかったのに!
「君がある条件を飲んでくれれば、僕たちは撤退するつもりなんだけど、どうだい?」
「…どういうこと?」
「まずは約束するんだ、条件を飲む、と」
「……」
「わかってるよ、豊臣に来いとかそんな野暮な条件じゃあないさ」
「じゃあ飲みましょう」
そういうのを聞いた竹中半兵衛は至極ウレシそうな顔をした。
今回ばかりは覆面の上からでも分るわ。なにかまずいことでも言ったかしら私。
自滅しないと良いんだけど。神経はって話しないとダメね、この男があいてだと。
成るだけ早く撤退させないと、資料とか持ってかれそうで怖い。だから我慢するのよ、
たとえ行き成り手をつかまれてもね!(今みたく!)
「早く条件を言いなさいよ、変態」
「そうだね、まずは『半兵衛』と呼んでもらおうかな」
「…………はんべえ」
「いい…!」
き、きもちわるい!こんひとまっこときもちわるいぜよ!とかついつい
母国弁だしちゃうくらい気持ち悪い!『いい…!』って!この天下でそんな事言うのは
光秀位だと思ってたわ…。ほんとやだこの変態!早く帰って頂戴よ!ほっぺた赤くしないでくれないかしら。
後で頂くつもりのお芋がまずくなっちゃうわ。
「じゃあ次は…」
「此れで最後なんでしょうね」
「勿論さ。君と離れるのはとても切ないけどね」
「…………どうぞ」
「…君、ここは思い出作りに接吻でもしようか」
ななななな、何言っちゃってんのこの変態!だからやだったのよこんな変態と関わるのは!
しかもコイツ断れないの知ってていってるでしょ?策略家って本当におそろしい!
でも毛利家の元就さんよりこっちの方が気持ち悪いし悪質ね!
そんな風に思ってる間にも変態は接近中。後ろが壁になった頃には私の脇刺しは遥か向こうの
床に落ちていた。なにか音がしたと思ったらアレの音だったのね。
勿論変態の顔も近くにあるんだけど…あら?この人思ったより気持ち悪い顔してないじゃない。
雰囲気でしか判断してなかったけど、それなりの美男だったってわけね。
だからって何か変わるってわけでもないけど。
「イヤかい?」
「良い訳が、ないわ」
「それもそうだね」
そういって変態は苦笑した。なぁによ、まともな顔できるんじゃないの、この男。
頬赤くしたりはぁはぁ言ったり、そんな変態じみた事しか出来ないと思ってたけど。
此れで決まりだとばかりに近づく覆面に私はぎゅうと目をとじた。さよーなら私の
お初…!屈辱だけど、織田家のためだもの!堪えねば!
ちゅう、とか音がするものだと思ってたけど、思ったよりすんなりと合わさった口唇
になんとかビクつかずに済んだ。でもよくわからない。そういえばどうして私、この変態と
こんな事してるんだっけ。君主のためだっけ。なんだかどうでもよくなってきたわ。
どうしてだかはわからないけど。なんとなく薄め開けて見た変態はさっきの私みたいに目を閉じてたから
もう一度つむりなおした。
何度か呼吸の為にかしらないけど、口が離れるたびに思いっきり息を吸った。
だって、一回が物凄く長いんですもの!きつい!あまりに長いわ。きつくて変な声もでるし!
(あとあの変態が肩を持つ手も力入ってくし)
そんなのが四、五回続いてからやっとまともに変態と離れた。
私は息が上がってしまってるのに、竹中半兵衛は全くそんな様子が無いのが腹立たしい。
「苦しかったかい?すまない、抑制が効かなくなって」
「っもうすこし自分を抑える鍛錬でもしたらどう半兵衛」
「名前で読んでくれるなんて感激だよ」
「だって、条件でしょう?さぁ帰りなさいよ」
アンタが帰るまでだけど。本当にろくな目にあってないわ!
ああもうなんだか泣きたくなってきた…アンタなんて溝にはまった勢いで地面に頭ぶつちゃえばいいのよ
。竹中半兵衛はそんな毒吐きも知らずに息の上がった私の背をある程度なでて、
呼吸が戻ったくらいになってとんでもないことを言った。
「実はね、忍なんてここに来てはいないんだよ」
「!ななななんですって!?」
「勿論、城はいつもどうり。なにも手は加えてない」
「っおのれ変態貴様!ちょっと待ちなさい!待て!」
それじゃあね、と普通の会話の締めくくりみたくして爽やかな顔で手を振りながら
今度はちゃんと襖を開けて返って行こうとする変態に私の堪忍袋は大爆発を起こした。
元々短気なんだもの、もう容量は軽く超えてたのよね、思えば。
超高速で奥に置いてある刀を取って追いかけようと廊下に出れば、視線の先の竹中…変態は
庭先の壁の上に居た。
「また来るよ君」
「来てみなさい!今度はあんたの首根っこから上、全部刈り取ってあげるわ!」
「それは楽しみだね。首根っこから上を抱締めてくれるって?」
「そうね!そのままへし折ってやるわ変態!変態策士!」
「僕の策にまんまと掛かってしまった君も僕と同じさ」
「私が変態だっていうの!?そんなわけないでしょ撲殺するわよアンタ!」
そのひとことを締めに、変態は壁の向こう側に降りていった。
確かあの向こうは随分な崖目になってたはずだけど大丈夫かしら…っじゃない!
なんで心配なんてしてるのよ変態菌でもうつっちゃったのかしらヤだわ!
今度こそはあのふわっふわの毛髪全部引き抜いてやるんだから。
そうね、覆面だって剥ぎ取ってさしあげるわ、上杉謙信みたいな白布を頭にまいて
豊臣に送り返してやる!それから…
あの変態にする仕打ちを考えることは、つまりあの変態のことを考えること。つまり
あの変態の策にしっかりハマって仕舞ってる事に私が気付いたのは彼がしつこく何度も
私に会いに来て、十五回目のことだった。
「いい加減豊臣に来る気になったかい?」
「アンタもいい加減諦めない?半兵衛」
「言い方を変えるよ。僕の妻になる気になったかい?」
「…馬鹿」
来世でまた、会えたならね。