「違う、。もっと力入れろ」

「力を…こうですか?」

「ああそう。いい感じだ」


日光のさんさんと降り注ぐ畑の上に二人は立っていた。 奥州伊達軍名産物の大根、牛蒡、茄子はもう充分な収穫頃で、 今日何を収穫するのか小十郎から聞いたは、恐らく 今日の夕まで掛かるに違いない。と思った。







愛を叫べば! (後編)








それにしても、疲れる。

日射光線が地面に反射して頬を射る暑さには大げさに溜息をついた。(あつい、あついわ!) (今朝の政宗さまの息より暑苦しい!) それを逃さず聞いていた小十郎はいつも釣りあがっている眉をさらに上げての名を呼んだ。 その形相といったら、まさに鬼である。


「ゴラ!野菜に溜息ついてんじゃねーぞ!」

「あああ申し訳有りませぬぅ!」

「よォしその意気で牛蒡に挨拶しろ!

「おはようございまするぅー!」


恐らくは政宗が居て、そしてこの男が居るお陰で奥州伊達軍は血気だっていて ノリがよく、喝に大声で返事するようになったのだろう。勿論のその 例に洩れることは無く、ついつい声を張り上げた。 これを甲斐の若虎が見たなら闘争心をそそられるに違いない。 の精一杯の大声に気分を良くした小十郎はの元へ行くと、その頭をひと撫でした。 がここに勤めだした頃から小十郎はいわばの兄のような存在だった。現に今でも 時々、悩み事を聞いてもらったりしている。(大半があの馬鹿殿のことだが)


「よく頑張った。茶でも飲め」

「有難うございます小十郎様」

「なぁに。お前の努力の賞賛だ」


残すところは…。小十郎は随分と植物の無くなった畑を見回すと そのあとを見てにやりと笑んだ。笑まれた方のはその笑みに なにやら良からぬことがあるのではないかと、茶を含む口をゆがませた。 視線の先には案の定、何かが見える。あれは、と***は嚥下をしながら思った。


、ついてこい」














「仕事なんてやってられるかよ、こんなGood dayに」


自室に篭ること約三十分。やはり仕事を投げ出した奥州筆頭伊達政宗は大きく伸びをしながら 廊下を歩いていた。が気になってしかたがなかった…というか、自分以外の男と 一刻でも一緒に過ごさせるのも厭なのだ。城下にでたを追跡した理由も此処にある。 (本音なんて恥ずかしくていえたものではない)

それが例え自分の信頼する部下であっても、自分の独占欲は収まるところを知らない。 政宗はそのことはよく理解していたし、押さえるつもりも無かった。 そんな凄まじい独占欲にもはにかみながら接するの可愛らしさに、グレードも エスカレートするばかりだった。


は畑に行ったんだったな。
額に汗の光る bewitchingly


そう考えたが最後。政宗の頭の中はそのことで一面埋め尽くされてしまった。 汗にまみれた躯。苦行に耐える潤んだ瞳。 色欲人といえばそうなのだが、男たるもの誰だって一度は考えることだと政宗は毅然と論じた。 目の前の角を曲がればもうの姿は直ぐそこ、という時小さいながら響くような声が聞こえた。 の声だ。(一緒に聞こえるのは小十郎だろうか)(低くて聞き取りづらい)政宗は 無意識にさぁっと廊下の角に隠れた。








「っこ、小十郎さま…」

「どうした、力が入らねぇか」

「んんっ…上手く、出来ませ、ぬ…っ」

「しかたねぇな…」

「あッ…いけませぬ!わ、私が!」

「手本ぐらい見せてやる。いいか、見てろよ?」

「ああ…でも私がやると申したこと、で…」

「後でやって見せてみろ。
まずはこう、手で扱け。やりやすくなる」

「あのう…小十郎さま、そのように強くしては痛みませぬか?」

「ハッ。屁でもねぇな、丁度好い位だ」








(おいおいWeit!なに話してんだお前ら!)

息の上がりきったの声、寛容じみた小十郎の声。まるでどこぞの忍者のようにして曲がり 角の壁に張り付いている政宗の耳にその会話はあまりよろしく聞こえなかった。(何だ!何を擦って ンだ!)(コレってドレだ小十郎!三十文字以内で説明しろ!)

んん!と熱っぽいの声が聞こえたかと思えば会話は続く。








「…っは、やればできるじゃねぇか

「ハァッ…わ、私もまた伊達の隠密にございます、
これしきの力っ……でも、疲れ、ました」

「俺がヤッてるときにも疲れるんだ、お前が疲れねぇ訳がねぇ」

「…それにしても、大きゅうございますね
最初に見た時もそう思っておりましたが
抜いたあとでも比類なき大きさでござりまする」

「…そうか?俺はまだまだだと思うがな」

「十二分に大きゅうございまするっ!私がどれだけ苦労したことか!
表面は案外滑らかでしたので滑るし、如何扱ったらよいやら…」

「まぁ、この大きさは俺の努力の賜物だ。
この界隈の他のヤツには負けんだろう」

「まぁ、なんと…片手では掴めませぬ!
それでもこれ以上に大きくなるのでございましょ?」

「はは!、無理するなよ」








(OK、OKだ。堪えろ俺、堪えろ伊達政宗。こりゃ唯の井戸端会議だ)

既に政宗の中の妄想は凄まじいことになっているのだが(それはそれで危ない) 政宗は産まれ持った精神力で己を抑えていた。通りすがる従者がたまに声をかけようとするものの 政宗の背中から排出されるオーラに皆凄んで後ずさりをして記憶を捏造するのだった。 よって、誰一人として『仕事をしたほうが良い』という人間はいない。


「でも・・・」


の呟きのような声に政宗はすこしだけ(ほんの二割ぐらい)平静を取り戻した。 しかしその平静も次の一言に、ことごとく粉砕される。


「此様に大きなものに限って、先の方の汁は苦いので御座いましょう?」 











Quit a joooooke!


突如。自己流の流暢な異国語を発しながら政宗はまるで舞台に踊り出る舞姫が如くして、角を曲がった先へ 舞い降りた。(素敵なステップだった)(海外でもHitするかもしれねぇ!)


「ま、政宗様!?」

「どうなさったのですか政宗様!?」


政宗は何事かと動揺しまくっている小十郎と異常成長の大根 はもはや視界には入れず、もともと大きな目をもっと見開いて驚 いているの方へ視線を向ける。その表情たるや今にも泣き出しそうな赤子の如し。 一国の主にはとうてい似つかわしくない表情で、じっとこちらをみる最高権力者には 小首をかしげることしか出来なかった。

すると政宗は肩を揺らして笑い始める。


「Han!いいさ、俺はもう抜け者ってこったろ、
村八分ってこったろ、HAHAHA!」

「(村八分て!)あの…何を仰っておいでで?」

「隠し通す気か…UWA−N!
お前らなんて勝手にエデンの花園で夜露死苦してろ!」

それは唯のろーま字にございます政宗様!
ああまさむねさまー!!」


の言い分は全く無視の方向で政宗は突如として脱兎した。それを止め損ねたは 小十郎の方を見たけれど、ちょっとだけ動揺したような表情の小十郎に顎で『行けよ』と さされたので一礼してその後を追いかけ始めた。 














「政宗さま!お待ちくださいませ!」


自慢ではないがの足は武田や上杉の忍に匹敵する程のすばやさであった。 つまり、追いかけ始めて少々で政宗の姿は発見できたわけだ。(それでも時間が掛かったのは 政宗の尋常ならぬ身体能力の所為だろう)

思いのほか政宗はすぐに止った。もしかしたら『待って』といわれるのを待っていたのでは ないか、とはふと思う。それにしても彼は何に対してそこまで憤慨(なのだろうか) (発狂?)したのか、という答えが浮かんでこない。 はさっきまでの元気は何処へやら、 背を向けたまま棒立ちしている政宗に近寄るとそのまま話しかける。 ほんのすこし橙に染まり始めた日が二人と縁側に当たる。


「政宗さま…何をそう御乱心でおられます?」

「お前は俺より小十郎が善いのか」


ぼそ、聞こえた声。は今度こそ心のソコから驚くことになった。 いつものような揚々さがないのも充分変であったが、あろうことか彼は自分に大してヤキモチを焼いている のだ。(まぁ!なんだか話がつかめてきた気がするわ)

少し前にもこうやって機嫌が悪くなったことがあった。 その時は城下に出かけていて、偶然話のあう青年と茶屋で話をしていたのだが、行き成り表れた 政宗がその青年を追い払ってしまったことではすこぶる腹をたてた。 彼に対する失礼な態度にも、監視していたという事実にも。 こういう時、いつも思う。彼はとても独占欲が強い男なのだと。そしてそれをとても愛しく思う。 不器用な彼はそういうことでしか気持ちを伝えられないのだと思うと、自分でも不思議な位 とても、とても『可愛い人』と思ってしまうのだ。


「まぁ…そんなことをお気にかけてくださったのですね、政宗さま」

「…迷惑か?」

「とんでもない」


は後ろを向いたままの政宗の体に手を回す。かすかに震えた気がしたのは気のせいではないだろう。 こういうとき、彼はすこし子供っぽくなる。何か言おう、何か…と考えて、たまに零れる煩悶の声が 尚更子供らしい。 今、は恋人でなく母親なのだ。政宗を優しく暖めてあげる役目。はその役につけることを 誇りに思っていた。弱みを見せてくれる喜びは思ったよりも大きなものだったから。


「私は貴方にそこまで思うて頂いて、幸せでございますよ……政宗」

「……そうか」

「ええ」


名をそのまま呼ぶに無言のまま暫し経ったかと思うと、政宗はそのまま座り込んだ。 手を回したままなのでもあわせて座ったが、するりと腕が解かれたかと思えば 政宗はごろりとの大腿の上に頭をおいて横になった。

可愛い尋問のはじまり、はじまり。


「…は俺が好きか?」

「ええ、好いておりますよ、政宗」

「どのくらいだ?」

「この天下よりも、ずっと、広くでございます」

「…そうか」

「はい、天より高く好いております」

「…そう、か」


が返事をしないで居ると、寝息がその場を占めた。 仕事をしていないと言われるものの、彼自体相当疲れていたのだろう。 無防備すぎる寝顔が愛しい。


「こんな政宗さまも悪くはない…わね」


は無意識に笑んでいた自分の口元に気付いて、そう溢した。 額に掛かる髪を手で除けると身をよじった政宗を見てまた(今度は意識的に)微笑んだは 彼が自分から起きるまで寝かせておいてあげよう、と思った。


が政宗の勘違いの内容について知るのは、もうすこし先のお話だ。