甲斐の武田の朝といえば、かの有名武田信玄と真田幸村の殴り愛だが、 奥州の伊達での朝といえば山間から見える朝日を目にした鶏達の雄たけびと―


「キャァァァ!」



若々しい女性の、叫び声だ。







愛を叫べば! (前編)








は最早条件反射ともなりつつある朝の絶叫をおえると、自分の布団の中に居る 奥州筆頭を見た。冬先でまだ体温の抜けきらぬ布団の中だけれども、が布団から抜け出そうとするには 充分なほどの理由がそこには『いる』。

(ハァハァしながら)腰に手を回してに抱きついている政宗は、の嫌悪に満ちた 表情を見て頬を紅く染めた。


「や、何赤くなってるんですか、気持ち悪うございますよ!」

「A-han?ヨがってる見て興奮しねぇヤツがあるか?」

「普通の殿方は興奮しませんし私はヨがってもいません!」

「OK , OK 俺もヨがってやるから」

「お願いしてません!!」


ニタリ、と怪しく笑う政宗は流石、城の女房たちの思いの的だ。 格好いい。けれど、が起きるまで布団の中に居たのか、 額に滲んだ汗がつぅと頬を伝い、ギラギラと飢えた獣の如くして を見る隻眼はとてもいただけない。 ***はからみつく政宗の手をやんわりと押えながら、 批判的な色を含んだ目で、城主を見遣った。


「政宗さま…とにかく退いてくださいな、腕も放して」

「退く、だぁ?そりゃ無理な相談だぜ。
それに『様』はいらねぇってんだろ。」

「そういう訳にはいきません
政宗さまは奥州の筆頭たる主にございますから」

「その奥州筆頭のやることに文句は言わせねぇ」

「ですから…っま、まさむね、さま!?」


ちょっと!

の声が裏返った。 政宗は人の悪い笑みを浮べたまま、の寝巻きのすそに手を伸ばした。 さらりと寝起きで肌蹴た内腿をなでると、は困惑の色を顔に浮かべる。 ゆっくりとだが、確実に政宗が布団の中から出てくるの と同時に手も次第に上がってきていて、は やっと身の危険をリアルに感じた。 手を張って起き上がろうとするも、体良く政宗に阻止される。


「い、い、い、いい加減にしてくださ…」

「オイオイ、大きな声出したら皆起きちまうぜ?Is it OK?

「なんと卑怯な…!」

「睨むアンタも可愛いもんだな、誘ってンのかい?」

「お、お戯れを…誘ってなど居りませぬ!」


もう!毎日毎日!貴方という方は!
Oh、癇癪持ちか?Kissしてやるから落ち着きな
まずは貴方が落ち着きなさいませ!


一枚の布団の中でゴソゴソと二人でうごめきながら 、ヒソヒソ話をしていても自分と上司の状況はよくならない、とわかったは なんとかして逃げられないものかと周りを見回した。 女房をしている傍ら、は隠密の任務もこなしていたので、この城の構造は 大体把握していたのだけれど、ここまで密着していてはたとい襖が開いていようと、天井板が外れていようとも 出て行くのは非情に困難であろう。

そう思ったとき、襖の向こうに小さな声が聞こえた。それは極小なもので、 は忍であったから聞こえたようなもの。しかし、誰かがいるということはゆうに理解できた。 はもっと耳を澄まして何を言っているのか聞こうとしたが、政宗の執拗な攻め(セクハラ)が を集中させてくれない。


「ああもう政宗様!
少しだけで良うございます、御手を止められませ!」

「Ah?そんなに俺を焦らしたいのか?
…仕方ねぇ、可愛いCatのお願いだ」


胸元をまさぐっていた政宗の手がぎりぎりの所(ご想像にお任せします)で止ったのを確認すると は先程声がした方に気を集中させた。この城の人間であろう、低い声が2,3聞こえる。


「筆頭、さんと上手くやってるかな…」

「馬鹿!声小さくしてろ、筆頭に殺されるぞ!」

「筆頭も随分お熱だよなぁ」


(って起きてるじゃないのよ!)

先刻の政宗の言葉を思い出した。『皆が起きちまうぜ?』 それはようするに、城の皆で政宗に協力しているということで。 さらに言えば、政宗がそれを指揮したということで。 にっこりと笑んでは政宗に向き直った。 ストップが解けたのかと顔を明るくする政宗だったけれど、の笑顔から あふれ出す怒りのオーラに眉を上げた。


?何怒ってんだ」

「もう既に皆起きてらっしゃるようでございまする、政宗様」

「ッチ…しくじったな、あいつ等」(ボソ)

「なんと申されました?」

「Umm...何でもねぇ、いつの間にか起きてたみたいだな」

「いつのまにか…さようで」


つーん、とそっぽを向いて一向に機嫌の直らないに政宗は頭を悩ませた。
確かに自分が図ったことであるので全く言い訳も出来ない。 だからと言って、自分の愛しい人間にいつまでも嫌われていたくない。誰もが思うことである。 特に政宗はこのくのいちに執心していたので、尚更である。拗ねている顔を可愛いと思わなかった、というと ウソになるが。


…」

「なんでございますか、…ッ!」


振り向きざまの一瞬の隙を突いてを抱き寄せる。はそれに 気付いて後ろに引こうとしたけれどわずかに遅く、気づけばもう政宗の腕の中だった。 それだけでなく合わさった口唇は呼吸することさえ許してはくれない。

の体に力が入る。殆ど無い距離を広げるために政宗の胸板を手押しするけれど やはり力の差は大きかった。そのまえに呼吸が上手く出来ない。次第にの口からは 妖艶な声が漏れ出した。


「っは、ま、まさむ、ね、さ、まァ」

「…Wtat?苦しいのか?」


声に出さずに首を2,3回振れば政宗はまた満足そうに笑んで、の頬にちゅと音を立てて 口唇を押し付けた。の方はと言うと無意識に政宗の名前を呼んでいたことを改めて実感して、 あまりの恥ずかしさに俯いてしまっていた。女というのは無駄に羞恥心に富んでいる。それゆえの恥じらい だが、政宗はそれがとても好きだった。機嫌を良くした政宗はおもむろにの顎を持ち上げもういちど口付けた。 しかも今度は俗に言う『ふれんち』な接吻ではなく、無意識に開いたの歯列を割って入ってきた 政宗の舌は好き勝手に口内での舌を蹂躙する。


「ん、ふ、ぅ」


もこうなってしまってはもう生半に抵抗することもできなくて、完全に密着した政宗の 背中に回した手でその着物をぎゅ、と握り締めるのみだった。 そんな消極的かつ受容的な行動が、政宗の心臓を締め付ける。 なんて可愛いやつだ、と。政宗は胸いっぱいに広がる幸福を噛みしめながら、 口を離され息を荒くしたの 耳殻を食み囁く。


…愛してる」

「…私、も」

「I know.」


最初の目的さえ有耶無耶にされてしまったは 朦朧としながらこれではいけないような気がしていたけれど、情けないことに ここで布団から出てもまともに歩けそうに無い。寝巻きのままでいるよりも それを政宗に気付かれた方がずっと恥ずかしいような気がする。 見る限りではもはや、政宗はこの先に及ぼうとはしていないようだ。 それなら足腰が立つまで…、と思った矢先、








「政宗様!どこにおられるのですか!」








低いバリトンボイスがの意識を引き戻した。ヨコで政宗がチィと舌をうつ音が聞こえて、 それにあわせて少々荒い足音が廊下にこだまする。音から察するにもう直ぐ近くまできているの だろうか、次第に足音が明確になってきた。

政宗をそのまま『政宗』と呼ぶのは精々参謀の片倉小十郎景綱ぐらいだ。 そしてその片倉小十郎といえば、政宗のお目付け役。つまり今も政宗の居場所をさがして たまりにたまった仕事を今日こそは解消させようとしているのだ。

どうしようか考える間もなくのへやに足音が近づいた。 こんな場面を見られてしまってはあまりに気まずすぎる。しかも政宗にいたっては仕事を さぼっていそいそと恋事に没頭していたなんて、きっと小十郎の雷が天高く鳴るに違いない。

は大分すっきりして来た頭で考えた。おそらくここまで考えたのは北条にスパイにいって まんまと相手の策に嵌ってしまったとき以来だ。このままでいては政宗も、自分も危ない。一日中 正座しなければいけないかもしれない。小十郎は女にも容赦ない男だから。


「政宗様」

「なんだ…うぉっ!」


人間は窮地に陥ると人並み以上の力を発揮できる生き物らしい。はなんとかして 政宗から離れて起き上がると目にも留まらぬ速さで政宗を布団から起こして傍に立たせた。

そしてその瞬間襖がスパンと軽快な音を立てて開く。


「政宗様!ここにおられましたか」

「お、おぉ小十郎。早いな」

「もう日も高うございます、一体なぜの部屋に?」


そういう小十郎の表情はあまり良いものではなかった。 良いものとか考えるよりも、彼はいつでも怒っているような表情をしているので 実際のところはどうなのかよくわからない。 の部屋にいる理由を聞かれて少しまごつく政宗をみて、布団に入ったままのが言う。


「政宗様は私をお越しに来てくださったのでございまする、小十郎様」

「お前を起こしに…?」

「Ah,そうだ。そういうことだ、小十郎。」


の機転に驚きながらそう言う政宗を軽く見遣って小十郎は少しだけ腑に落ちない ような表情をしたけれど、あまり気にしない性分なのかすぐに話を切り出す。 このぐらい無頓着でないと独眼竜の部下はやっていけないのだろう。


「では政宗様、職務がすんでおりませぬ。今日こそは是非とも」

「…わかったわかった、やりゃいいんだろ」


途中で水を差されて政宗もヤル気を削がれたのか多少自棄になりながらも仕事をするために 腕を肩上で組んで自室へ足を進める。其れを見送る小十郎は未だに部屋の中で寝巻きでい るをみて、溜息をついた。


、お前というヤツは昼過ぎになっても…」

「返す言葉もありませぬ…」


まんまとミイラ取りがミイラになってしまったことといい、上手くはぐらかされた事といい はどうも政宗に弱い。それは今日に限ったことでもないので尚悪い。 もそれは自負していたので、小十郎の言う意味以外のいろいろなところで返す言葉がないのだ。


「…まぁいい、

「なんでございましょう?」

「このあと菜園に野菜の収穫に行く。手伝え」


早く着替えろよ。そういい残して小十郎はの部屋を出て行った。 は以前小十郎の野菜収穫を手伝ったのだけれど、それはもう、普通のそれとは全く違って シビアなものだった。(大根が大きすぎる)(きっと異常成長だ) おそらくはそれが自分への仕置きなのだとわかるとはいそいそと箪笥から服を引き出すのであった。







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