ほんの一ヶ月程前に武田に新しい忍が加わったんだけどさ、
その子が超可愛いんだよホント。いや綺麗って言った方が喜ぶかな。
とにかく全然女々しくねぇの!高貴ってか…そんでもって俺と同じ位強いときた!
(一回戦ってみたんだけど、日が暮れちゃってね☆)
そんな別嬪な彼女に恋して輝いてる俺こと猿飛佐助は
毎日高嶺の花に手を伸ばそうと努力してんだぜ!これって青春じゃねーかな!へへ!
え?…これ見よがしにあの子の部屋の目の前でクナイの練習したりとかしてないかって?
昨日やってみたらすっげぇ迷惑そうな目でみられちまった!ラッキー!
美女は野獣
「ー、オハヨ!」
「あ、猿飛君。おはよう」
「は今日も綺麗だねぇ〜…俺様とイイコトしない?」
「破廉恥なコト言ってると肥溜めにぶちこむよ」
早朝、それも出会いがしらに怪しからん事を言った佐助に対し、
さらっと、それも凡そ女であるまじき辛辣な言葉を言い放ったは悪びれた様子も無くニコッと笑った。
対する佐助も愛ゆえか、はたまた単なる慣れか『またまた〜冗談いっちゃってぇ』
と手をヒラヒラさせた。双方、微笑んでいる。
其れを廊下の影で見ているのは武田が兵士の方々。そして女官の方々。が
武田に入軍してもう一ヶ月たつが、この毎朝の遣り取りは甲斐の虎と虎の若子との殴り愛
に匹敵するくらいの名物(城内だけだが)になっていた。
陰ながらこれを題にした舞が作られたり、作られなかったり、詩歌が造られたり、造られなかったり。
大好評御礼である。
「な、今の聞いたか?肥溜めにぶち込む、だってさ〜」
「あ〜!俺もさんに言われてみてぇ…」
「昨日は宙吊りにして酒を飲ます、だったよなぁ」
「宙吊りのまま酔うのもいいかもな…」
死ぬぞ
「やだわぁ、佐助様ったら、御熱心ねぇ」
「そうよねぇ、様が釣れないところもいいわぁ」
「わたくしが佐助様なら、もっと強引にいきますのに…」
死ぬぞ
が入軍して直ぐに出来た『さんを守る甲斐(会)』のメンバーは
の辛辣言葉集(毎週発行/十銭)を発行するべく紙に書きとどめておくのであった。
何もない昼過ぎの頑丈そうな木の枝の上。
かさかさと木の葉のこすれあう音や小鳥のさえずりが支配する、
人工的な音は何一つしないその空間にと佐助はいた。
今日は有休をもらったのでどこかに出かけようか、と話し合った結果、
行きたい所も無かったので仕方なく近くの森に来ているのだ。
余談だが、武田と真田の両者は休みを下したあとに稽古場まで爆走していった。
あのあとどちらかが死んでしまうんじゃなかろうかと思われるような稽古が繰り広げられるのならば、
こうやってのんびり外に居るのも悪くない、とは思った。
「あの雲に似てね?ほらあの大きいヤツの隣の」
「大きいヤツの隣の…あの今川義元みたいな形のやつ?」
「アレが今川義元?!って目悪いんだ」
「それは猿飛君も同じことでしょクソ猿。」
「え、今、クソ猿って言ったよね」
「ほら、見てみなよ。あの木の根元にいるコガネムシなんかキミにそっくりじゃない?
キミのように(そして今川義元のように)七色に輝いて見える。」
「えっ、俺様って七色に輝いてる?っていうかいま小声でなんてった?」
「私は目が悪いからその様に見えるんだよ、クソ猿君」
「今絶対クソ猿って言ったよね」
「あらら被害妄想?キミは日ごろから妄想が激しいとは思っていたけど
此処まで来ると病的ね!クソ猿!」
「いやいやいや!今明らかにクソ猿って叫んだじゃん!
何が不満だったの!?今川義元!?」
「別に」
結局はが押し切って勝利した後に、もう一度静寂が訪れた。
目を閉じて風を受けるを不貞腐れて見つめる佐助だったけれど、ふと思いついた
コトを聞いてみることにした。
「ねぇって俺のこと嫌ってない?」
「…どうしてそう思ったの」
だってさぁ。と佐助は零した。は小首をかしげて佐助のほうを見たけれど、
一息ついてからやっぱいいや、という佐助にそうか、と言っただけだった。
「美しゅうござるなぁ…この洗練された御形…餡子の具合…」
「ちょっと聞いてよ旦那ァァァ!」
「ぬぉ!俺の甘味がァァァ!」
戦でなんの躊躇も無く敵を殺しているとは全く思えない
様な声。しかも其れが天井裏から聞こえてきたものだから、
幸村は折角買ってきた限定モノの甘味を盛大にモッチャリ。落としてしまった。
彼の頭の中で今までの道のりがパノラマ再生される。朝早く起きて、行き慣れぬ(…というのも、その店には女性客が多い)
店の頭に並んで、娘とギクシャクとした会話をし、小さな菓子1つぽっちを買うためにした涙ぐましい努力が
ハラハラと崩れていくようだった。
よいしょ、と言いながら天井板を外して入ってくる佐助は涙目で、幸村に飛びついた。
あああ俺の甘味が…と不幸の絶頂にいる幸村もまた涙目で佐助を叱咤する。
どちらもブロークンハート。嬉しくない接点だ。
「見よ佐助ェ!俺の早起きの結晶がお前の所為で…!」
「そんなもんまた買えばいいだろ!ああもう汚ねぇな俺様の服についた!」
「そん、な、もの、洗えば、よくゎ、ろう、ぐぁ!」
「なんでそんな歯軋りしながら話すの?!」
こんな状況では全く相談も辛みも聞いてもらえない、と思った佐助は正気に戻って
明日の朝その限定品を買ってくる、と言うことでなんとか手をうってもらった
のだった。ついでに今大福でも買って来いと言われ、分身に行かせようとしたら怒られた。
慢心するでない、佐助!と檄を飛ばす上司から明らかな私怨を感じつつ、佐助は城下へ走って行ったのであった。
この時代にオー人事オー人事、スタッフサービスがないのが残念である。
「結局何用だったのだ、佐助」
「あ?えーっと…なんだったっけ(つかれた…)」
上機嫌に団子をむさぼりながら、幸村は佐助に問うた。
勿論その団子は佐助が超特急で買ってきたものだ。
その問いに佐助は流石に疲れて息を荒くしながら、一生懸命何を話すのか考えた。
そうこうしているうちに、佐助の上司の甘党は3つ目の大福に取り掛かっている。
(ほんと自由な人だよ…)
「が俺のこと嫌ってるみたいなんだよ」
「あのが、か……佐助はを恋しておるのか」
「そ、そんなのさぁ」
やけに真剣に聞いてきた幸村に少し驚きながらも、佐助は前から言ってたじゃん、と小さく零した。
『恋してる』と言った瞬間に思い出す。
それはまさにが入軍した瞬間といっても言いぐらいのヒトメボレだった。
最初の印象は白拍子のような子。日に当たっているとは全く思えないくらいに白い肌は
とても柔らかそうだと思ったし、櫛で梳かなくてもいいぐらいに(川岸の柳の如く)
(俺様ったら詩人!)さらさらした髪は作り物のようだと思ったものだ。
日が過ぎるにしたがってと佐助は良く話すようになったし、よく知り合うようになった。
の強さもその要因ではあったものの、やはり、第一要因はその性格だった。
誰に媚びるでもなく、だからといって一匹狼でいるというわけでもない。
それでいてどこか優しい。そんなところに佐助は惹かれていったのだ。
「よし、わかった」
急な幸村の声に佐助は引き戻された。そうやって目を向けた先の上司は
いつになく真剣な、それはもう武田信玄に命を受けた時のような表情で続ける。
こういう時、佐助は自分の上司を誇らしく思う。
(確かに口端に餡子が付いてはいるが)
「佐助のへの思い、よくわかった。
佐助はこのままではあれの気持ちも分らぬし埒が明かぬ、と申しておるのだろう?」
「はぁ…まぁそんなところですけど」
あいわかった、俺に任せておけ。と豪語する自信有り気な上司。
戦馬鹿で、色事には全く疎いこの上司が一体何を仕出かしてくれるんだろうか
と思うと佐助は心配でたまらなくなって、明日に控えている偵察にも連れて行ってしまおうか
とも思ったけれど、やめておいた。(怪我させらんないでしょ!)
「真田殿」
「おお、か。どうしたのだ?」
翌日の朝、振り返った視線の先にはひっそりとが立っていた。
いつも戦の時に来ている忍服とは違う着流しのような服装だったけれど、
流石は佐助と互角の忍だ。全く気配さえ感じないその女に幸村は笑顔ながらも
ひしひしとの実力を感じ取っていた。
それにしても、とまじまじとの顔を見る。
最初にが入軍した時ぐらいしか面と向かって話しをしたり、
顔を向け合った場面が無かったんじゃないだろうか。
(女子と話すのは気を使うのだ…)
随分と美しい(それはもう軍神の剣にも劣らないような)忍だ、と思った。
色好みするあの佐助が恋うのもわかる。この細身からどうして佐助と互角の力が出せようか。
どのように戦うのか、手合って見たい…と無意識に頭に浮かんだ幸村は其れを振り払うように
頭を振った。(そ、その様なこと!今は佐助のために俺が動かねば!)
が口を開く。
「猿飛は…猿飛は、どこか任務へでかけたのですか」
「佐助は偵察へ行っておるが…何か用でもあったのか?」
「いえ…唯、」
「唯?」
聞き返す幸村にはポツリポツリと、まるで何を言うのか考えるように
してゆっくりと話しだした。その様子たるやまるで忍らしくないもので、
凛とした雰囲気の中に落ち込んだ雰囲気が垣間見える。
「今朝は、猿飛に会わなかったので…体調でも悪くしているのか、と」
「佐助はに仕事のことをいっておらなんだな」
「はい、いつもそういった様で…」
気付いた時にはもう居ないのです。それが何度も続くものですから。
と幾分か暗くなった表情で言ったを見た幸村は
『おや?』と思った。どうしでここまで佐助がいないことでが落ち込むのだ?
体調を気にするのは?
ここまで証拠がそろっては、どれだけ疎い幸村にも事の真相はゆうに想像できた。
「…は佐助が、その…す、好きか?」
どうして他人のことを聞くのに俺がここまで緊張する必要が在るんだろうか…?
発言した幸村自体がそう思ったのだから、も勿論そう思ったのだろう。
少し目を丸くして人間らしい表情になったは、さらにほんの少しだけ笑んで、
その問いに答えた。
「好き、ではないのです」
「…は佐助をす、好いておらぬのか?」
「いいえ、真田殿、違うのです」
「好き、でなく、『愛して』おるのですよ」
の話す声のうちで多分、今聞いた声が一番やわらかくて、優しい声なんじゃ
ないだろうか、と幸村はぽかんと口をあけたまま思った。
目を細め、照れの所為か薄紅色に照る頬が城下に居る唯の年頃の娘のように可愛らしく
見えたりして、別人が居るんじゃないかと錯覚するぐらいだ。
しかし流石は忍。意見をあまりに直球に言うものだから、聞いている幸村の頬こそ
紅くなってしまった。(人前で『愛する』など、恥ずかしくて言えぬ…!)
そこでやっと幸村は自分の役目を思い出した。そうだ、自分は佐助の恋を応援するのでは
無いか!こうして気恥ずかしく思っておる場合ではなかろう!と自分を奮い立たせると
適当な言葉を作ってに言う。
「…その、だな、」
「なんですか真田殿」
「俺が、ひとつ助言を…」
その次の朝、早くも佐助は偵察から帰ってきていた。
夜明けの日が俄かに射し始めた時間帯、武田信玄に敵国の状態を細やかに伝えると
佐助はある場所へと向かっていく。
実はこうして急いで帰ってきたのも、ある目的のためだ。
はいつもこの時間帯に起きて、顔を洗いに部屋から右の廊下を通る。
それを待ち伏せして起きて間もないを拝むのが近頃の日課になっていたのだ。
つれないけれど低血圧であるにも関わらず返事をしてくれるは愛しくてならない。
(俺様って愛されてる〜って感じ?)
けれど最近のは以前にもまして冷たい。
もう自分は愛想を尽かされているんじゃないかと思うのも本音な、猿飛佐助。
そうして揺れるハートが今日も彼を動かすのであった。
「あ、」
「猿飛君」
久し振り(といっても一日ぶり)にみたは起きて間もないのか
半眼だったけれど、佐助の姿を目に捉えると目を軽く見開いた。
覚束無い足取りで佐助に近づく。
「帰ってきてたんだね…おかえり」
「えっ……た、ただいま」
久し振りに聞いたような、優しい声だった。
佐助はその声をきくと妙にドギマギしてしまったけれど、
混乱する頭の中で、一生懸命に返事をする。ふんわりとしたの
香りが鼻腔に香って、『たっだいまぁー!』とか言って抱締めてしまいたい
衝動に駆られたものの、そんなことをしたら今度こそ嫌われてしまいそうなので
の背に回しそうになった手を急いで元に戻した。
「偵察はどうだったんだい?怪我はしなかった?」
「全然簡単で体鈍っちまうくらいだったよ。怪我もないし」
「そうか…よかった」
にこり。佐助はもういま自分は夢の中に居るんじゃないかと思った。
が自分に向かって微笑んでいる。今までの中で最高に笑んでいる。
幸村が酒に酔って踊りだしたときでさえ、こんな表情を見たことは無かった。
(ね、これって何かの×ゲームでもやらされてンのかな)(ヤバイ、すっげぇ可愛い)
「けれど疲れてるだろう、ちゃんと休んでおくんだよ猿飛君」
「が一緒なら俺様すぐに元気になっちゃうかもよ?」(いろんな意味で)
「…」
ここでいつもなら辛辣な言葉が佐助に突き刺さるのだが、今日は違った。
は佐助の下心丸出しの発言を聞いた後、一瞬考え込んで
顔を上げ、佐助の腕をつかむ。
どうしちゃったの?と片眉をあげる佐助には
毅然として言った。
「よし、猿飛君。一緒に寝よう」
・・・。
ええええぇぇぇー!?
ちょ、え、ええええええー!!
佐助の頭は真っ白になった。
目の前の愛しい人が口にした言葉はあまりに恋する男猿飛佐助には衝撃的過ぎて、
佐助の頭の中では一時間前からの出来事がゆっくり再生されていた。
俗にいう、走馬燈かもしれない、と彼は思った。
こんな自分にもまっとうに神仏のお迎えが来て、最後に素敵な思い出を作りなさい、と言っているのか、と。
そうしている間にも、は佐助の腕を引きどこかへ連れて行く。
(この方向なら恐らくは佐助の部屋だ)そこで佐助の意識は覚醒した。
「ちょっ!待とう!待とう!」
「どうして。キミには早く元気になって欲しいんだ」
「そりゃあもうすっげぇ(別の意味で)元気になるけど!
も、このまま次の朝までいけちゃうけど!夜通し頑張っちゃうけど!
俺達ってそういうのまだ早い気がするんだけど!」
「そういうの…?でも言い始めは君でしょう」
「お、俺様だってそりゃあもう喜んで頂きたいけどさ!」
「イイコトしたいっていってたじゃないか
毎度思っていたんだ、イイコトってのは何なんだろうって」
「イヤァー!俺様のが卑猥なコトをー!」
佐助は絶叫した。忍なのに絶叫した。(しかも何気に『俺様の』とつけた)
は男にも劣らないような怪力で佐助を部屋へと引っ張っていきながら
そのフレーズ(『俺様の』)を聞くと、なんともいえない暗黒気質な笑みを薄く浮べて
佐助に囁いた。
「キミのは真田殿に要らぬ知恵を貰ってしまったんだよ」
スー、パタン。静かな音を立てて襖は閉まった。
その後、何があったかは全くもって門外不出になってしまったのだけれど、
唯確かなことは、『さんを守る甲斐(会)』の辛辣言葉集は廃刊になってしまった、ということだけだ。
『はもう少し本性を出してみたら良いのではなかろうか
お前はなにか抑え込んでいるような風にみえてならぬ』
『本性…。わかってらしたんですね、真田殿は』
『心の芯は誰も隠しとおせるものではあるまいよ』
『フフ、面白い方。流石は智将、といったところですか
貴方様の仰せのままに…』
(あの愛しい人に、少しだけ正直に)