俺は乗り物酔いしたような不安定な感覚と、少しの頭痛によってたたき起こされた。
一体何があったんだ…?よく、覚えてねぇ。物凄く驚いたのは覚えてるんだが。


「ん…」

「おっ、目が覚めたか!」

「…」

「どうした、気分でも悪いか?」

「……い、いや」

「そうか。ようし、今水を持って来てやろう」


スタスタ、スー、パタン


「………ち、」


ちょ、狸ィィィィィィ!!!!




他人の空似




「いや、忠勝が悪い事をした!すまねぇな!」

「あー、いや、別に気にして無いっつーか」


本音言うとお前のほうが気になるって言うか。

俺はあの後、律儀にも持って来られた水を飲んで、寝かされていた布団から出て (布団は畳まなかった)(だって俺のじゃないし)、言われるがままに客間に出てきていた。 驚く無かれ、俺の目の前には一ヶ月前にサヨウナラしたはずの三河の狸(面倒だ からミヌキでよくないか)がいる。そして庭には忠勝ニャン。相変わらず可愛らしい。肩にスズメとか が留まってる。あ、触ろうとした。あ、やめた。

そうだ、思い出した、俺は 森で忠勝ニャンに出会ったんだ。そんで、どうしたらいいか思案している間に壮絶なタックルを お見舞いされて意識不明の重体になり、何故かこの城に連れて来られ、そして 今、ミヌキに謝罪されているんだ。

マジでなんだこの超展開。

ミヌキ…いや、なんか可哀想だし、パッと見誰の事言ってるか分んねぇからもう家康でいいか。 家康は上座、俺は下座だ。そんで俺は胡坐、家康は片足を立てた座りかた。 庭に居る忠勝ニャンは、お決まりの待機時のポーズ。つかアレって少しダンテの考える人に見えるン だが……ああ、そう、俺だけ。ふーん、俺だけ。

家康は上機嫌に、しかし申し訳なく苦笑しながら言う。


「ハッハ!勘弁してやってくれ、忠勝のヤツは少し加減が出来んでな!」

「あんたの言う忠勝ってのは、あの庭に居るヤツか?」

「おうよ!」

「まぁ、アレじゃあ手加減も出来やしねぇだろ。
別に怒っちゃいねぇよ」


俺、ベストオブ素。

言っておくが今の俺に敬語という言葉は無い。 なんつったって、俺は今曼珠じゃないんだから、しかも初対面で、本当は実在しない人間 なんだから、どんな無礼を働いても良い訳だ。最高だ。 一ヶ月前、俺に死ぬほどたくさん敬語使わせたんだ。 今回は絶対に敬語なんて使ってやるもんか。(俺、もとい曼珠が居なくなって可哀想にとか思ってた 俺とは今の瞬間完全に喧嘩別れしました。)

だが忠勝ニャンが力の加減を出来ないのは仕方ないとしても、気になるのは俺を此処に つれてきた理由だ。俺はどうして此処に居る?人攫い集団三河武士とか言う新しい 政治方針でも立てたんだろうか。でもそれって言いにくくないか、戦のとき。 『三河武士は天下一よ!』が『人攫い集団三河武士は天下一よ!』って、お前、 そんなんで天下一になったって里のおっかさんは喜びませんよ!(シクシク)


「そんじゃあ俺はどうしてここに?森に居たはずなんだけど」

「それなんだがちっと理由があってな」

「理由?ふーん、聞こうか」

「聞くか?…少し前、そうだな、一月前ぐらいだ
客人として迎えた娘が居った」


あれ、それ俺?


「客人?あー、その、あんた殿様だよな?
娘って言うからにはそこらへんの娘だろう、そんなのをなんで客人に?」

「それがな、わしも最初はまさかと思ったんだが、忠勝がいったのだ
盗賊相手にまったく引けを取っておらなんだと」

「へぇ、ホントに娘なのか、その女
(その前に忠勝ニャンが『言った』のか疑問なところだが)」

「ああ、若い娘で、語調も丁寧で、礼儀正しい、いい娘だった
すぐに居なくなっちまったんだがな」

「居なくなった?」

「部屋に行ってみたらもう、居なくなっちまってた
多分仲間のところに行ったんだろうよ」

「仲間?ってことはその女、1人じゃなかったのか」

「…まぁ、居るには居る、だろうな」


少し家康の顔が暗くなった。 どうやら家康は、未だに曼珠をくのいちかそれに順ずるものだと思っているみたいだ。 (そんなに的外れでもないが。) あいつの言う『仲間』というのは忍のいるような里の仲間を指しているのかもしれない。 大体、一ヶ月経ったというのに、このミヌキ(←)はどうして俺を覚えているんだろうか。 まぁ、今の俺は初対面の部外者だから、これ以上詮索する気は無いけれど。


「それとこれと、何の関係が有るんだ?」

「その娘が居なくなってから、わしは何故だかたまに、ふと、」

「なんだよ、もしかして会いたくなる、とか?」

「……それで、呆けていたら、部下から病だの何だの言われてな
わしもそうかもしれんと思って、忠勝に弱音を吐いてしまった」

「弱音?別に良いじゃねーか。
あんたも完全じゃないんだから、仕方ないだろ」

「わしも弱音自体は気にせなんだが、それから始まったのだ」

「何が」

「忠勝の、」

人攫いが。


「…」

「……」





(暫くお待ちください)








「…つ、つまりはあの武将さんは
アンタのために人を掻っ攫ってくるって、ことか?」

「おう。その娘に少しでも似た様な所があったならつれてくるようになった
髪型から背格好、1つでも当てはまりゃあ、つれて来る」

「おま、それって三河的にいいのか

三河的にまずい。それでもわしは忠勝のその心意気も無下にはできねぇ」

「二つの間で困ってるってわけか
へぇ、殿様は大変だねぇ。よかった俺農民で」

「だがおめぇだけだったな、忠勝が空を飛んでつれてきたのは」


俺だけだったのかよ。

みんな一緒なら堪えられたんだが…ダメ、挫けそうだ、俺。 何言ってるのよ!頑張りなさい、もう少しで、あ、なんだろう、何にしよう、山頂か、 山頂で良いな…もう少しで山頂なのよ、まけないで! ああジョセフィーヌ、俺はもう眠たいよ。リバーの向こうで愛犬のマイケルがポテトサラダを持って 俺を待ってるんだ。

しかしそんな俺のうらぶれた心境を知ってか知らずか、家康は行き成り俺に近づいてきた。 童顔のまん丸な瞳が俺の顔を映し出す。家康の目の中の、俺の顔。いやぁ、懐かしいなぁ。 男だった時の俺なんてもう忘れかけてたことから考えれば、 まるで他人の顔のようにも思えるけど、何年も一緒に生きてきた愛着はそう簡単になく ならないようだ。 因みに俺は家康を見つめ返しているわけではない。 その眼球の中の俺を見ているのだ。 しかしふと気がつくと、 家康の頬はすこし色身を帯びていた。(穴が開くほど見てたのは家康なのに)


「おめぇは…確かに、似てる」


そしてそう言った声は、優しさを帯びていた。



□□□□□□□□□□



「それで、俺はもう帰っても良いのか?」

「ああ、構わねえ。」

「そっか、そんじゃあお邪魔しました、っと」


さっさと出て行っちゃおうとする俺。 適当に挨拶も済ませて、部屋から出て廊下に出る。 っていうか、早く帰らないとまずいだろう。 佐助にいたっては1度俺の失踪を体験しているわけだから、これ、お前、もしまた攫われたよとか 言ってみろ、何されるか分らんぞ。縄に括りつけるだけじゃ済まんかも知れんぞ。 一日中勘助と一緒に正座かも知れんぞ。


「(それだけは勘弁だな)」

(ぐい)

「…ん?」

(ぐい、ぐい)

「引っ張るなよ、一体何、…」








ぎゅいー

「…、…」

ぎゅーん

「……、…」

ぷしゅーん

「…」








ウワァー忠勝ニャァーン!

(なんという捨て犬!)

忠勝ニャンは力の加減が出来ないといわれたその手で、俺の服の裾を ちょこん、と掴み、出て行こうとする俺を足止めするようにして立っていた。 忠勝ニャンは縁側を降りた下に居るから、立ったままでも俺の服の裾がつかめるようだが、 いつ立ったんだ、忠勝ニャン。そしていつ掴んだんだ、忠勝ニャン。 意外にスムーズに動くのか、忠勝ニャン。

しかしだな、俺はそんなことをされても、今回は帰らねばならないのであってだな。 やっぱり人間は自分が可愛いのであってだな。俺は無表情の勘助と一日中睨めっこできるほど 精神の強い人間ではなくてだな。分ってくれ、忠勝ニャン。お前が一生懸命攫ってきた 曼珠似の人間にもやることが有るんだ。今のところ、俺、農民になってるから、 畑とか耕さにゃあならんのだ。脱穀とか、せねばならんのだ。


「俺、もう帰らないといけないんだけど……」

「あー、その、今日中に収穫しないといけない野菜があって…」

「今日は忙しいというか、」


きゅるきゅる

「……、……!」

きゅる、きゅる

「………、」

きゅる
きゅ、
きゅる…

(しょぼーん)



・・・・・・



「おう殿、遊びに行くから付き合え、コノヤロー!」

「は?!おめぇ、帰ったはずじゃ、」

「…!、……、・・・・!」(ぎゅるーん)(がしっ)

「!忠勝!なにをする!忠勝!誤作動か!

「殿の確保に成功したか、よし、行くぞ忠勝ーつ!」

「!…、!」(ぎゅいぃぃ)


俺>忠勝ニャン>家康
俺が生態系の頂点に滑り込んだ瞬間であった。















家康を拉致した俺と忠勝ニャンは城下町に降りて(飛んで?) したい放題した。といっても、忠勝ニャンは唯俺に従ってるような感じだから、 実質、俺がしたい放題だった。忠勝ニャンが目立つ所為か、『殿だ、殿だ』という声がそこらじゅうから聞こえて いたし、民も俺には協力的だった。花とか団子とか、無料で貰った。


「さー、たんとお食べ!」

「こんなに沢山食えるか!」


家康を甘味屋に連れて行って、何か奢ってやるとか言って (金は持ってきていたから)つい、いつものクセで幸村の分ぐらい頼んじまったり、


「…!、…」

「忠勝様、竹とんぼに興味があるんですかい」

「……、…!」(じぃっ)


露天商の玩具屋さんで、忠勝ニャンが竹とんぼに興味を持って、最高に慎重に 竹とんぼを摘み上げて、上下左右から見たりするのが 物凄くツボで、ギャーギャー言いながら家康に抱きついたり、


「なっ、や、やめんか!天下の往来で!」

「『私がお嫌いなのですか…?』」

「!!!い、いや、嫌いというんじゃねぇが…
って、おめぇ!」

「なはははは!」


それで家康が真っ赤になりながら俺を振り払ったり、した。

それから、森に入って忠勝を鬼にして鬼事をしたり(死ぬかと思った)(本気のリアル鬼ごっこだった)、 笹の船を流して競争したり、水を掛け合ったり、草笛を吹いたり、 どんぐりを拾ったり、麻袋に座って斜面からすべったり、とにかくそんな、 どこぞの餓鬼のような遊びをした。

それで俺達は今、丘の上に居る。

どこの丘かというと、城の近くの丘で、城下が展望できる所に位置していたりする。 そしてこの丘の素晴しいところといったら、山間に沈む夕日が綺麗に見えるところだ。 知っていた忠勝ニャンに感謝である。 風の調子も良い。空気も旨い。 ってどうして俺はここまで丘をリスペクトしてるんだ。 馬鹿か。


「気分転換にはなったかよ、お殿サン」

「なったにはなったが……いっとう疲れた気もするぞ」


本当に疲れているのか、それとも同意が本意で無いのか、 家康は苦笑して曖昧に返事した。そのあとは俺も家康も、勿論忠勝ニャンも何も言わないままで、 ゆっくり沈む夕日をみつめる。曼珠の事でも考えているんだろうか。 雲も無い、山も動かない。そのなかで唯一、時間の経過が分るその斜陽を見ている家康の横顔が、 なんだか哀愁じみていて、つい。


「…なんつーか、お前のところに居た女、だけどさ
お前が心配しないでも、元気にしてんじゃねーの」

「どうした、急に」

「天下は広い様で、本当は物凄く狭えんだ。
だからいつか会える、と、俺は思う。」

「…曼珠は旅をしているといった」

「曼珠、ってのか」

「おう」

「変な名前」

「はは、名前も教えねぇおめえが言うか!」

「本音を言ったまでだ。
(なんつったって、俺が付けた名前だし)」


家康はぶっきらぼうにそう言った俺の肩を小突き、仰向けに倒れた。 そうなのだ。俺と家康はこの短時間の間に小突き会うぐらいの中になったのである。 ちなみに忠勝ニャンとは、竹とんぼを飛ばして取ってくる(忠勝ニャンが)ような中になった。

徳川家康。流石は人徳の人間だ。

名も知らない(俺は農民だから、一方的に知ってる、と考えていいんだろうが) 男なんかに連れまわされて、大切な一日を取られて、憤慨しないお偉いさんも珍しいと思う。 いいやつだなーとか、出会って初めて思って、ふと家康を見ると、ヤツは目を閉じて、 あの女と居たときを思い出すように笑って。


「…また、あえるだろうか」

「ん。まぁ、会えるンじゃねえの」

「おめぇとも、また会えるか」

「…さぁな」















家康は忠勝ニャンに、拾ってきた猫を『元の場所』に戻すようにして、攫ってきた 娘(たまに男も含む)を帰還させるらしい。 日も暮れて暗くなってはいたが、俺は家に届けてもらうとか、そういうのは出来ないので、 家は三河には無いと言って、他の被害者同様、攫ったところに帰してもらうように頼んだ。 家康は結局最後まで俺の名前を聞かなかった。大した意味は無いんだろうが、 俺としては偽名(それも2個目)を考えなくて良かったという、有難い結果になった。 ま、聞かれたら名無しの権兵衛とか言うつもりだったんだけどな。

今度は気絶させられずに忠勝ニャンの背中に、戦国戦士ホンダムの背中に乗り、風を切る。 帰るとき、ホンダムが、あ、違う、忠勝ニャンが俺を行き成りお姫さま抱っこして、 家康が『そいつは男なんだから、それはダメだろう』と助言してくれたお陰で、こうなってるワケだ。 俺別にお姫さま抱っこでも良かったんだけど…ま、まぁ仕方ない。だって俺男だもん。 ちょっと忘れかけていた自覚が戻ってきた感じ。プライスレス。

視界が低くなっていったと思ったら、俺がお持ち帰り(あ、なんかやらしいなお持ち帰りって) された場所についていた。身をかがめてくれる忠勝ニャンの背中から降りて、礼を言う。 また飛んでいくのかな、と思ってその様子を見ていると、忠勝ニャンは此方にやってきた。


「…なんだ?」

「…、……、…」


ぷしゅー

忠勝ニャンはたどたどしい手つきで俺の手を取って(!)(俺が悶絶したのは言うまでも無い) 、何かを握らせた。それでも俺が手元を見ずに、忠勝ニャンの顔だけ見ていると、 忠勝ニャンは顔だけを横にずらして、『ぎゅるる…』と決まりきらない音を出した後、 そのまま還っていった。そして、


「一体何を…」

「あぁぁー!居た!居たぜ!かすがー!」

「なにっ、捕まえておけ猿飛!」

「のわぁぁぁ!」


騒がしさから分るように、捕まった。

佐助から羽交い絞めされた俺は抵抗もむなしく(いや、本当は抵抗する理由もないんだが) 捕獲されてしまった。続いてやってきたかすがに心配したんだぞ、と抱締められ、 ちょっと役得かなとか思っていたら、佐助からも抱締められる。 ついでに腰とかさすられて、俺が奇声を上げると、かすがが感づいてくれて、佐助に待望のBASARA技を 発動させた。この騒がしさ、滅茶苦茶なつかしい。しかし鬱陶しい。そしてそれが好きな俺。 馬鹿、違ぇよ、腰とか撫でられんのは好きじゃねえよ。

俺の背後でBASARA技合戦をする二匹の大型肉食獣はまぁ、置いておいて。


「うらっ、こい!新記録っ」


俺は竹とんぼでも飛ばしておこう。
(これ、ぜってー大切にする!)