「踊る阿呆に見る阿呆!」


今日もサクラの並木道に彼の声が聞こえる。
彼を取り巻く皆はその勢いに乗せられて頬を緩ませていく。

いつもその踊りの列をちらりと窓から見る。
関わりたくない、ってのが、本音。


「同じ阿呆なら躍らにゃ損損!」


そこの姉さんもほらほら踊って踊ってぇ!
その誘いにあわせて彼の肩の猿がひょいと回転した。

男前な彼にはいつでも綺麗な女の人がとりまく。
今彼に手を振ったのは、有名なお店の芸姑さん達。

それなのに今日も彼はこの店へやってくる。
多くの女が男を食い物にするこの、遊郭へ。







彼が店にはいった途端に、私の周りの女性達はそわそわし始めた。 もう一度白粉を持ってパンパンと頬を打つ人も居れば、ひたすら 彼を見つめる人も居る。 さっきも言った様に、彼は女性に人気が在る。 私の周りの女性はなんとかして彼に気に入られようとしているのかしら。 だったら是非ともその願い、かなえてあげたい気分だわ。 なんたって此処に居る女性は皆、売り物。 誰かに気に入られて、お金で買い取られて、やっと外界に足をのばす。 煌びやかな虫かごに入ったままの揚葉蝶のように、外に恋焦がれる。 そこに綺麗な恋はもう無いと知っているのに。


「慶さぁん、久し振りねぇ」

「梅花じゃねーか、久し振りだな〜」

「やだわぁ、アタシにもかまって頂戴よ、慶さァん」

「アタイとお話でもしましょ?ね?」

「いやぁん、慶さんはアタシと!」

「ははは!女同士の喧嘩は怖いねぇ!」


周りの女性と軽快に話す彼はちっとも図に乗っているような 素振りが無くて同性から見ても全く不快に思えない。(…のでは ないだろうか、私は女だから分らないけれど。)

かくいう私は此処でじっとしている。

その理由はひとつ。彼は此処へ向かってくるから。 もっというなら、彼は私の方へ向かってくるから。 綺麗で可愛い女性に囲まれながら、私に微笑みかけるから。

そして彼はいつものようにして私を指名する。 けれどそのときいつも私には先約があって。 考えてみれば彼と部屋を共にした事なんて一度も無いかもしれない。 でもそれでいい。それがいい。 彼がどんなに私を特別視してくれようとも、私はこの遊郭の売れ筋。 金のなる木が売りに出されることなんて決して無い。 初々しい華やかさはとうの昔に捨て置いてきてしまったの。 ここに慣れるため、何事にも流されない静けさを身に付けるかわりに。


!今日は空いてンのか?」

「ごめんなさいね、慶次さん。今日も忙しいのよ。」

「そっかぁ…お前は売れっ子だもんな、めでたいこった!」

「いつかお相手できる日を楽しみにしてるわ」

「頑張ってこいよ」

「…ええ。有難う」


そう、お相手。私は今日も顔も知らぬ金持ちに抱かれる。 彼もその事を知ってて此処に来ているんだから、めでたいことだ、なんて 激励を言ってくれる。 でも、なんだか嬉しくない。何故か分らないけど。 ながいことじっと座ったままで居たから、しびれた足が言うことを聞いてくれないような妙な 感じはする。けれど、ぐっと立ち上がって彼に礼をして、私贔屓の新造を連れて客の待っている部屋までむかった。 居た堪れない気がした。きゃあきゃあと女性の声が聞こえる中で『頑張ってこい』という 彼の声はいやに耳に残ったから。

(頑張って『こい』ですって?『頑張れ』じゃなくて?)
(まるでかえって来いって言ってるみたいだわ)

―ああ、本音を言わせてもらうと、優しすぎる彼の気遣いが嫌いなの。











一ヶ月前。私と彼は店先の茶屋で出会った。
いやね、出会ったと言っても唯単に相席になっただけなんだけれども。

眩しいほどに煌びやかな服を着た男性は私の前に腰を下ろすと、此処いいかい、空いてる? まさか、人待ちじゃあないよね?と人の良さそうな笑みを浮べた。私も御気になさらず、生憎と 好い人なんていないから、と商売柄なれっこになった 笑みを返した。彼の肩の猿が可愛らしくきぃ、と鳴いた。

運ばれてきた団子をまくまくと口に含みながら彼は私を見ているようだったから、 私は何気なく気付くフリをして彼の方を向いた。彼の黄金色の服が目に入って しまって、とっても眩しかった。


「何?聞きたい事でもあるのかしら。」

「むご。あんふぁおふぉのみふぇの」

「はい、お茶。ちゃんと食べて話してちょうだいね。」


彼の形のいい唇から理解不能な言葉が流れ出た。 それが丁度ツボで、私はおなかを抱えて笑いたかったけれど、 流石にこんなところで笑うわけにもいかない。はしたない、といったらいいのかしら。 気分を紛らわすために茶を差し出すと、彼は片手で私に礼をするように断りを入れて、一気にお茶を飲み干した。 (ああよかったわ冷めたお茶で!) そして興味深げに私の方へ身を乗り出させる。


「何処の店の人なんだい、あんた?」

「あら、随分と単刀直入な質問ですこと」

「おっと!悪いね、こういう訊き方しか出来ないもんで」

「おかまいなく。素敵だと思うわ、そういう訊き方も。」

「そうかい、嬉しいねぇ」


それで?といわれて私は向かいに在る大きな屋敷を指した。 ここが私のお勤め場所、兼、お家。 住み込みの夜仕事をしている私にとって、昼間に地を踏むことなんて、そう無い。 だって昼間はたいてい(こんなに早いうちは特に)寝ている。その日は珍しくも早く目が覚めて、出かけてみようという 気分になっただけ。そんな少ない確率で彼に会えたのは、もしかしたら俗に言う運命なのかも、と 柄にもなく、今更思う。だって彼はその日、京を出るつもりだったらしいんですもの。


「よーし、わかった!今度アンタに会いにあの店に行くよ、俺。」

「どうして?あなたみたいな美丈夫だったら女性なんて周りに沢山いるでしょうに」

「んー…、まぁ、間違っちゃあいないけどさ
俺がそうしたいって決めたんだ、そんだけだよ」

「それだけで?ふふ…変な人」

「変で結構!俺のことは慶次って呼んでくんな。アンタは?」

って呼んでくれると嬉しいわ」

…綺麗な名前だねぇ」

「あらま、お世辞がお上手ね」


彼はそれから一ヶ月もこの京に残って、私の勤める店に通い続けている。 出て行くはずだった京に、一ヶ月もの間残っているのは、 まさに私が彼のお相手をする機会に恵まれない所為だとおもう。 彼が来る時は決まって、先に誰か来ている。 そこには顔なじみのお武家様とか、問屋の若旦那とかがいたけれど、 上客が来たからと言ってそちらを贔屓するような思考は、残念かな持ち合わせていなかった。 だからって顔の良い人間が好きというわけでもない。梅花とちがってね。

どうも彼は有言実行型のようで、一度決めた事はしかと成し遂げないと気がすまないようだ。 それが判ったのは、私が居ない時のこと。 私が居ない時に遣ってきた彼は、3,4人の女性を指名して私を待っていたらしい。 けれどその中のたったの一人さえ抱かなかったということだ。女性に興味がないんだろうか…、と不安になったりした。 だって私、女でしょう。女に興味がないのに、廓で一人の女に会おうとするって、どういうこと? 私は彼に、甘味屋で団子を頼んでおきながら、姿形だけを丹念に眺めて帰っていくような、変人の姿を見た時もあった。 今は違うけれど。

ようするにそれがまだ続いている状態で。昼間に会いましょうと言っても頑として 聞き入れない彼には私も頭を抱える。夜に、しかも遊郭で会いたい、ということは、 つまり、そういうことなのだろうけど、彼は女性を抱かない。全く意味がわからない。











そうして今日も一日が過ぎた。

若旦那、お侍さま、ちょいと出の成金、それから。 指で数えると両手に達する数を相手にした私の体は既に疲れきって、 息を吐くことさえ面倒だ。それでも呼吸は息を吸って吐かないといけないんだから、生きるとはとても大変なことね、 なぁんて、脈絡のないことを思ったり。とにかく、はやく部屋に帰って、湯浴みをして、眠りたい。 そんな風に思いながら服を着て、誰もいなくなった部屋を片して部屋を出た。庭から見える月は 綺麗な上弦を描いている。昔なら綺麗だなぁ、と立ち止まって見たけれど、時間に 急き立てられるように急ぐ今の私はちらりとその月をみただけだった。


みた、だけ、だった。


月のやんわりとした黄色でない、夜でも映える綺麗な黄金色がそこにあった。 むしろ僅かな月光に照らされている方が、昼間よりも、一ヶ月前に見たその黄金よりも、 ずっと美しく見える。あれは、何?まるで光っているみたいに、きらきら輝いて、私の目を奪っていく。 知らないうちにとまってしまった足を筆頭に、手の力がぬけて、 頭が真っ白になって、その姿を捉えた私の目が驚きに開いていって。


「埒があかねぇもんだから、会いにきちまったよ」


座っていた庭石から降りて、おどけた調子で両手を広げる彼。 何があったのか全くわからなくて硬直したままの私。そんな私 を見て彼は満足そうに微笑んだ。 一体なにが嬉しいのかしら?私が驚いたこと?警備の目をかいくぐって 此処まで来れた事?彼の肩に乗ったお猿ちゃん、夢吉といったかしら、その子が落ちないのも不思議だけど、 嗚呼、彼と来たら、本当に不思議な人。


「良く此処までこれたわね、慶次さん」

「へへ、凄ぇだろ?直々に褒めてくれたっていいよ」

「まぁ、どうして今来たのかは判らないけど?」

「なんだい、もしかして怒ってンのかい、?」

「自分の胸に聞いてごらんなさいな」


意識して突き放すようなことをいった。八つ当たりだってわかっている。 彼はわざと私を困らせているわけではないし、なによりそんなことをする人じゃない。知っている。 でも、いい加減、貴方のその有言実行が迷惑だって事、わかって欲しい。 毎日毎日、貴方がやってくるから私は貴方を待つようになったの。 誰の相手をしていても、一瞬、貴方を思い出すの。 そして、気付いたら貴方のことを考えているの。まるで初恋みたく。 頭の中にはこんなにもあふれ出す言葉があるのに、それを口に出さなかったのは、 そんな恋じみた甘い感覚に浸っていただけだったのかもしれない。 いっそのことあらゆる予約を切って彼に会い、一度彼に抱いてもらって、彼も唯の男なんだ、と感じたほうがよかったのかもしれない。 一ヶ月も、こんな変な駆け引き。しないほうがよかったのに。


「慶次さん、毎日此処に何しに来てるの?」


一度聞いてみたかった一言。何しに来てるの。貴方は女性を抱きに来たんじゃないんでしょう。 だったらどうしてやってくるの。どうして私を悩ませるの。どうして気付いてい暮れないの。 彼はその質問に一瞬たじろいだけど、その後苦笑がちに私の目をひたすら真っ直ぐ見て、言う。 私の眼と彼の眼はあっという間につながって、もとから動けなかった私は、もっと動けなくなる。 目が痛い。でもこれは彼の金色のせいじゃないの。色欲に満ちた世界のわたしに貴方のような澄んだ瞳は 毒なの。射殺されてしまう。


「なんていうかさ…に会いに来た、じゃダメかな」


ああ、やさしい人。今でもそんなに微笑んで。 どうしようもない私に、毎日会いに来てくれる彼。 いつもより冷たくあたる私。それでも優しく笑う彼。 そのやさしさが、私を唯の女にする。 一生懸命被ってきた仮面を少しずつはがしていく。 期待しない、動揺しない、恋しない。彼は『しない』で括ってきた 私の心の内に簡単に入ってきて、内側から私を呼び続ける。 とびきりやさしい声で。 その声が心の臓を越えて頭に届くたびに、この際、堕ちてしまっていいかもしれない、と思わされる。 一度はなくした何か、大切なモノを彼に感じる。 そのためだったらもうなんだってなげうったって、かまやしないような、 高価な宝石みたいな、キラキラした…


「会いに来た、だけじゃわからないわ。」


そう思うがはやいか、私の口からは息を吐くのと同じくらい自然と、新しく言葉がうまれていた。 明らかに彼を試すようなその言葉は、まったくもって私の意識するものではなくて、 私はそういった後に自分も目を瞬かせた。だって私、こんな面倒な女じゃなかった。 少なくとも、そんな女を目指してはいなかった。いつも焦らして駆け引きを楽しむ、小楠や南天ではないのだから。 違和感で胸がいっぱいになった。でも彼は気付いていないみたい。よかった。


「ん〜、なんでわかんないかな」

「慶次さんが、はっきり言ってくれないからよ」


こんなに疲れているのに今日の私は饒舌だ。 それは彼との話を早く終わらせたいのではなくて、早く答えが知りたいから。 逢瀬の時間にモジモジしている少女みたいで、すごく変な感じがする。


「なぁ、


彼は下足で私は上履きなんだけど、彼はそんなこと全く 気にしてないみたいだ。彼は大柄なのに随分と柔らかい動作で、 普通に神社の石段に上がるみたいにして私のいる縁側に上がってきた。 そしてもう逃げ出せない位に近くに来た彼は、そっと私の手を握った。 大きな手。その温かみに驚いて手を引こうとするけれど、思うように力が入らない。 彼の目はひたと私に据えられたまま。毒にやられてしまったのかしら。

彼は真っ直ぐに私を見て、はっきりと一言一句述べた。


「アンタを買いに来たって言ったらどうする?」


私の口は馬鹿の様にぽかんと開いてしまった。 私を買いにきた。私を、買いに、来た。ふふ、馬鹿ね、馬鹿な人。そんなことできるはずがない。 庄屋の旦那も、呉服屋の若旦那も、お上のお偉いさんも、私を買おうとした。手代に値を聞く前までは、だけど。 それにしても、そうよ、その優しさよ。その優しさが嫌いっていったでしょう。 あなたは私に情けでもかけてくれているんだろうけど、そんなもの。


「私がかわいそうになったのね、慶次さん」

「そんなことねぇよ」

「…毎日忙しそうに男に抱かれる女なんて」




彼が私の名前を呼びかけた時。私はもう一回息を吸った。そして吐いた。 彼にもっとなにか言ってやりたい気分だ。 貴方の、いや、アンタのその余計な優しさで何人の人間が傷ついているのかわからないの。 期待させるだけさせといて、唯愛想が良かった、ってだけで終わった人間がどれだけ居ると思うの。 それなのに『言ったらどうする?』なんて、そんな曖昧な言い方。 私はどう答えたらいいの。うれしい、とでも言えばいいの。 わっちは貴方とならどこだって行きんす、って恋し合ってるみたいに。


…落ち着けよ」

「私は落ち着いてるわ、突拍子もないことを言った慶次さんのほうがずっと」

「いいから、ちょっと黙ってろ」


混乱しまくってる私に彼はとんでもないことをしてくれた。 背に廻った手が私の腰を支えるみたくしてきゅ、と締め付けてくる。 私の頭は彼の黄金色の服に埋もれて、私の吐いた息はその綺麗な服に反射して私の顔に返ってきた。 抱締められたんだ、とわかった時に一気に顔が熱くなったのがわかる。 それは、今日相手にした誰の物よりも優しい抱擁だった。強すぎもせずに、だからといって 軽はずみ過ぎもせずに、素焼きの器でも抱えるみたいな優しい抱擁。

温かい。こんな風に抱きしめられたのはいつぶりだったろう。ふと思った。 刹那、思い出す母親の姿。彼の抱擁はまるで、あの病弱なおっかさんが精一杯私を慈しんでしてくれた それを彷彿とさせた。抱きしめる、それが唯一無二の目的。温もりを対価に肉体を請求したりしない、本当の。 ほんの数秒の中で、たくさんの考えが私の頭の中を横切って行った。 そして思う、私は彼の優しさを勘違いしていたのかもしれない。彼の優しさは表面的な優しさだけじゃない、 もっと、精神的な全てを包んでくれる優しさなのかもしれない、と。


「ちょっとだけでいい。聞いてくれるかい」

「…ええ。」

「最初は確かに、かわいそうな女だっておもってたよ」


その言葉に私の体は小さく揺れた。ほぅら、そう思ってたんでしょう?って。 言い様の無い空しさが一瞬だけ身をかすめる。でもそれを彼の言葉が引き止めた。


「でもな、必死になって頑張ってるあんたは綺麗だった」

「綺麗な服を着るのが、売女だもの」

「自分をそんな風に言うもんじゃねぇよ。」

「だって、本当のことだわ」

「俺は仕事なんて関係ねぇと思うんだ。たしかにあんたは遊郭の女だよ。
けどあんたは自分に恥じずに生きてる。」

「だって、遊郭にいたなら誰でも」

「俺はね、そんなアンタに恋したんだ」



「…え、」


言われた言葉の意味が分らなくて懇ろに預けていた体を起こすと、彼と目がばっちりあった。 私がそこまで困ったような顔をしていたのか、彼は眉を上げて此方の機嫌を伺うような仕草を見せる。 (彼が可愛いって言われるのも、わかる)


「ん?聞こえなかったかな、俺はアンタを」

「いい、いいから、き、聞こえたから」

「はは!そりゃあよかった」


満足そうに笑んだ彼。さっきの笑みもこんな感じだったわ。 それなのに卑屈な考えの私といったらまったくいやな受け取り方をしてしまって。 なんだか申し訳なくなってきた、どうしよう、謝った方がいいのかしら。 それにここまで直球な告白も初めて。しかも毒の瞳は私を見つめたまま。ああ、やめて、見ないで。 私の頬は真っ赤になってるはず。だって、熱いもの、頬が。

彼は私を依然抱締めたまま私の顔をのぞいた。近すぎて目の焦点が上手く合わなかったけれど 、彼の綺麗な瞳はしっかりと私を映しているのは分った。


「返事きかせてよ、


わかってるくせに。そう呟くと彼は『ちゃんと言ってくんねぇとわかんないね』と 言った。生意気な子。私が言った台詞でしょう?それ。 そうしてだれでも笑顔になる。あったかい優しさ。 この優しさに包まれたままでいていいのなら、私はなんて幸せ者なんだろう。

答え方を探してみるけど、彼と一緒にいる未来のことしか考えられない。私って結構 若かったのね。まだ外界のことに思いが馳せられるなんて。


「じゃあ…慶次さん、目を瞑って」

「おぅおぅなんだい?何する気?」

「言わせないでちょうだいよ、野暮ね」


はいよ。微笑んで長いまつげを伏せた彼の頬に一つ、唇を寄せた。ほんの一時間前は もっと激しいコトをしていたのにたった一つの接吻にこんなに興奮する。(いやらしい女ねぇ、私ってば) そしてそのあと唐突にお返しとばかりに彼に返された接吻に、心臓が跳ねる。


「んん、ちょ、行き成り…っ」

「照れちゃってまぁ、は控えめだねぇ」

「それが私のいいところなのよ…慶次さんが唐突すぎるの」

「そんじゃあもういっかいしよう、いいよね?」

「貴方ね…どうしたらそうなるの」


だっての顔が誘ってたから。 きょとんとした顔でそう言った彼に私は呆れかけた。でもそれと同時にそれが彼のいいところなんだと思う。 それでもいやらしさの欠片もないその言葉に、私は抵抗することなく飲まれてみることにした。 絡めた指が案外痛い。彼の指はすらりとしていても大きいから、私の指と指の間で窮屈そうに蠢いた。 でもその痛みさえ心地よい。嬉しくなってつい、微笑んでいた。私の眼の中に映る彼も、目を細めて微笑んでいた。

お月様の色に似てたんだ、彼の服は。キラキラして、手が届かないような気がして。 だから臆病な私は興味が無いフリをしてたんだ。思うだけ無駄だって、最初からタカをくくってたんだ。

でもこうやって私を抱締める彼の温かみは本物だった。手を回せないくらい広い背も、 そっと合わさった口唇も、ぜぇんぶ本物。まさに今、私の目の前にいる。


その晩、私と彼は虫籠の隙間から、すらりと抜け出た。











しさの証明
(ずっと眺めるだけだった外界は、貴方のおかげで私のものになった)