俺は自分の目を疑ったね!なんでかってそんなのわかるだろ!もう!
なんだよこの非現実的な物体!俺はちょっと前まで胸張って男子便所行ってたんだ!
断じて女子便所じゃあねぇ男子だ!俺は男子なんだよ、花より男子なんだよ…
(え?これ少女コミック?)

おお主よ!神よ!ヘルプミー、ヘルペスミー、ヘルスサロンミー!ギヴミーコモン!
あなたはどうして私に斯様な試練をお与えになられたのでしょうか!イタズラでしょうか!
いいえそんなことがあって良い訳が無い!

いやマジでなんとかしてくれ威鞘ァァァァ!


「ふふ…は、はは、あはははははははは!」

「どうしたんでござるか殿ー!?」

ちゃんが発狂したー!誰か医者を呼べー!」


幾ら俺のアメリカンジョークに対する許容が広いといっても、だ!
俺ぁ笑えねぇ冗談は好きじゃねぇぞ!このヤロー!







05 驚天動地な現実







「佐助、幸村。よく聞くんだ」

「うぬ。なんでござろう」

「なァに、急に改まっちゃって」

「お父さんな、胸が出来ちゃったんだ」

「あー…佐助、医者はまだか」

「遅いねぇ…」


哀愁漂う表情のを見て、とたんによそよそしくなる二人。
なんとかしてもう一度着物を着込んで向き直ったは佐助と幸村にまともに頭の病気の 心配をされてしまい、がくりとうなだれた。 (もういいから!笑ってくれ!頼むから!)

幸村はおろおろとを見て一生懸命に言葉をかける。


「その、殿。誰にだって心配事はあるでござるよ!」

「心配事どころじゃねーよ。天変地異だよ」

「本当天変地異だよねぇ、うん、やーらかい」

「え、何触ってんだ?何触ってんだお前?」

「佐助ーっ!破廉恥でごぶぁふ!」(ぶは!)

「鼻から血の滝が!!」


(…ああ、でも。)


はふと思った。『女じゃない』ということをもし信じてくれたとしても それに見合うはっきりとした理由とか、原因とかがには全く分らなかった。
自分がここに来たのは十中八九威鞘の所為なのは分っていたけれど、それがどう作用して 性転換に繋がるのかも、これからどうなってしまうのかも、わかったものではない。


「失礼いたしまする」


そのままぎゃあぎゃあと騒いでいる時、高めの声と共に障子に数人の影が映った。
が怪訝な顔をしたのを先駆けに鼻血だらけの幸村とその鮮血を オカンの如くして拭う佐助は後ろを向く。

小さな音も立てず開いた障子の向こうには、髪を綺麗に結った女性が2,3人ひっそりと控えていた。 はポカンとしたままその女性達を見ていたけれど、佐助は意味が分ったようで。
(幸村は 佐助に渡された手拭いで必死になって鼻を押さえていた)(恥ずかしいなら噴かなきゃいいのに!)


「ほら旦那!ちゃんの御召し替えだって、行くよ」


佐助はやっと鼻血が止まって落ち着いてきた幸村の肩を叩くとにウインクをした。 (本当好きだよなソレ)そして幸村は仕方なく立ち上がりながらの方を見て申し訳なさそうに 笑んだ。
まだ鼻血のことを気にしているんだろうか。

はふと思い立って、立ち上がり加減の幸村の服のすそを引いた。
ガクンと体勢を崩した幸村は 何をなさるのか、との方に目を向ける。
はその瞬間を見計らって幸村の手拭いを 取ると拭ききれてない右頬にそれを当てた。


「むが、なんで、ござる、か?」

「鼻から血なんて誰だって出るもんだ、いちいち気にしてんじゃねぇよ」

殿…!」


幸村はきょとんとしたままで数秒、そのあとやけに真剣な顔になると手拭いに当てたの手を ぎゅうと握った。じっと目を見つめられてが少し気味悪がりだした頃、幸村は口をひらいた。 (ていうか幸村お前鼻にもついてるよ血が。)


殿、いや違う、

「(て…)なんだよ?」

「内密にしておったが某はがs」

「おっといけねぇ手裏剣がー」


ざっくーん!


と幸村の前にざっくりと刺さった手裏剣を万遍の笑みで引き抜いた佐助はそのままの笑顔で 幸村の服の襟を掴んだ。そして有り得ないほどの怪力でもって幸村を部屋の外へと引いていく。


「なっ、佐助!何をするか!」

「はいはいはい抜け駆け禁止ねー旦那ー♪」

ど、のーーー!」


断末魔のような幸村の声を残してその部屋はと数人の女性(おそらくは女官、とかいうやつだ) のみになった。
ずるずると引き摺るような音がするなか、はその女性の群に話しかけた。


「…で、何をすればいいんですか」


行き成り話しかけたに女官達はすこしざわついた後に、まとめ役というのか、 キリッとした面持ちの女性がの前にすっと出てきた。が見る限りでは随分と綺麗な女性だ。
女官らしくそれなりに質素な服装だけれど、それが返って飾り気の無さを表して好印象である。

女性は一礼をして言う。


「この後に控えます席の為に御服を持ってまいりました」

「…はぁ、そうなんですか」

「はい!私どもは貴方様に合う御服を、と思いまして!」

「それにしても見れば見るほどに可愛らしく美しいかたでございますねぇ柚木さま」

「全く…少しは慎みなさいませ」


きゃあ申し訳有りませぬ、と横から声をはさんだ女性たちは着物の袂で口を塞いだ。
けれどもその瞳は新しい洋風のお人形でも手に入れた幼児のようにしてキラキラと輝いている。
好奇の視線に囲まれたを救った一声を投げ入れた『柚木(ゆずのき)』と呼ばれた女性は申し 訳有りませぬと早口に溢すのでは両手を振っていいんですよ、と笑った。 (お母さんイメージのひとだ)(でもきれいだ)

まだ若いところから見ると見習いなのか、隣に控える女性がの笑顔につられて 可愛らしく笑いながらに話しかける。よく見ると囲まれていることには やっと気がついた。
(身長が殆ど一緒なことに少し落ち込んだ)


「あの、様でよろしいですか?」

「ていうか様なんていらね…じゃない、いらないですよ」

「あら!そんなこと、はしたのうございまする!様で。」

「それなら私も様とお呼びしても宜しいですか?」

「え?ああ、構いませんよ、好きに呼んでくれ…ください」


敬語が壊れそうなのを一生懸命に保全するを尻目にを囲む女性達はきゃあきゃあはやし立て て何かを話し合っている。柚木はその輪から外れて遠巻きにその円を見つめ、心なしか子供達でも 見守るように微笑んでいた。
はいい加減不審に思って目の前の女性達に話しかけた。


「あの、お嬢さんたち?」

「こちらの青がお似合いでございましょうよ」

「いーえ!こちらの紅がより目に良うございますわ」

「ちょ…何のディベートだこれ」

様、何も言うまいでございまする。」(にこ)

「柚木さんまで何言って」

「では、御覚悟!」


急に掛かった四方からの圧力にとす、と尻餅を着けばそのあとの視界に入ってきたのは 赤や黄色、藍の煌びやかな布地だった。がそれを着物だと気付くまで大体三秒。その間にも 綺麗な色の布は迫る。


「な、何だよコレ…い、いやぁぁぁぁぁぁあぁああぁ!


こういうわけで、は此処に来て何度目かの奇声を上げることになったのであった。
(声が女々しいだって?)(大体の人間は必死になるとこんな声だすんだよ!)



















客間は妙な静けさがあたり一面を占めていた。
火の点った行灯は真っ直ぐと 唯上だけを目指していて、寸分も揺らぐ様子は無い。
そこに音も立てず座っている何人もの 武士の中に幸村や佐助は居た。
とはいっても既に服装は戦の其れでなく瀟洒な着物に身を包んでいる。

暗くはないもののあまり楽に出来る雰囲気ではない。
元来こういった雰囲気の好きでない幸村は すでに足も痺れ、限界に達しようとしていた。ちらりと見た隣の佐助はじっと目を瞑っている。 (?瞑想でもしているのでござろうか…)

突如、大仰な足音が廊下に響きだした。
その音に途端に顔を上げ今にも立 ち上がらんばかりに身を乗り出す幸村。
幸村だけでなく殆どの家臣たちがやっと来てくださった 、と安堵の表情を浮べる。ざわつき始めた武士達を横目で見て、佐助は欠伸を一つこぼした。

ずぱん!と障子が飛ぶ勢いで開く。(いや、正確には飛んだ)


「待たせたのぅ!準備に手間取ってしもうた」

「お館さま!」

「幸村!何事か」

「此度は席を設けて頂き感謝いたし候!感謝をしても感謝し足りませぬ!」

「はっは!気にするでないわ幸村!」

「お、お、お、お館様ァァー!」


幸村の頭をなでる…というかもうあまりの力に幸村の頭がぐらんぐらんと揺れる。
まるで横に押された起き上がりこぼしみたいだ。ぷっと笑う声が処々から聞こえ出す。
その声に触発されてか、一体どういう経路か、二人は豪快に殴り合いを始めた。


「幸村ァー!」

「おぅ館さまぁー!」

「ゆぅきむるぁぁー!」

「おやかとぅあSUMMER!」


やれやれ。佐助は重い腰を上げて、肩を回した。
他の家臣はいつもの事だからいいか、と 足を崩して、はやし立てて観覧している。(俺様みたく止めに入ってくれよ!)

今日も骨折まがいなことになるんだろうか、と思うと気が重くなるばかりだったけれど 猿飛佐助は自分を駆り立てて煙立つ(そしてむさくるしい)虎二匹のじゃれあいを止めようと歩を進めた。





「おいおい…なにやってんのかな折角の席に」





鶴の一声というのか、最初の静けさはもう想像もつかない程に騒ぎたった客間は その声にしん、となった。 佐助も、はたまた格闘中の幸村もその声のほうへ自然と目が向いた。
なぜならその声は聞き覚えのある声――の声だったのだ。

しゃら、ちゃりん。軽く結い上げた、意外に長い髪につけた簪が音 をたててその神秘性を尚更引きたてる。薄く塗られた白粉が幼さの残る頬を すらりと見せて、不機嫌なのか一文字に引かれた口元さえ自身を気丈に思わせる。
結局は紫で決定された蝶柄の着物は派手すぎでもなく、控えめすぎでもなく、その下にあわせた 純白によく合っている。(流石は柚木率いる女房軍団だ。)

その姿を上から下までジッと見た後に佐助はやっと声をかけた。
幸村といえば先程までの殴り合いをする手も止まり、唯硬直しているばかりである。 辺りの男達も同様に驚いた様子で、唖然として微動だにしない。
その部屋全体の驚きように、信玄公の所為で障子の吹っ飛んだ 廊下に控える女官達は袂で口を隠して小さく笑った。


「え、アンタちゃん?」

ちゃんだけど…佐助、疑ってンのかお前」

「いや、なんていうか、あのねちゃん……綺麗、だよ」(ぎゅー)

お前は結婚式当日の花婿か。綺麗とか言うな。
てか触るな気持ちわりーんだよ馬鹿」

ちゃんの花婿ならいつだってなったげるよ俺様なら!」

「あーすいません皆さん御席に着かれたらよろしいかとー!」

「(無視!?)」


どさくさ紛れのの一声で、はっと正気に戻った其の他大勢の家臣たちはぞろぞろと自分の席へと 着き始めた。城主が来る前に己の席に着くわけにも行かなかったのだ。 勿論に抱きついていた佐助も強制的に(の力で)戻されたが、 その途中にかかった声には振り返った。
そこには真剣な表情の武田信玄と未だに見とれる 幸村が立っていた。 (口を閉じろ幸村)


「貴殿が殿、であろうか」

「信玄公…ええ、そうです」

「此度は我が武田の真田幸村が無礼を働いたとのこと、まこと申し訳ない」

「(土下座!)御気に為さらないで、どうぞ顔をお上げになって下さい信玄公」

「佐助にいたっては貴殿の命まで奪おうとしたとの事」


ゆっくりとだが、まくし立てるようにその低い声で自分の部下の失態をつらつらと並べ立てていく 信玄。またもや静寂の訪れてしまった空間では成るべく音に出さないように溜息をついて言う。 (俺、敬語とか比較的嫌いなんだけどなー…)


「ですが貴方の部下は俺を殺さなかった。そうでしょう?」

「…しかし」

「それに実際、あいつ等は俺の命の恩人なんです」


伊達政宗にお世話になるっていう選択肢もあるにはあったが、 それでも、奥州筆頭に掛け合ってまで此処につれてきてくれた幸村と佐助には、感謝している。 命の恩人といってもいいはずだ。 は、それは一体…と溢す信玄に軽く微笑みかける。
これが、武田信玄。身分関係無く、非を認める正義漢。ここまで礼儀正しい男だとは思っても見なかった。 きっと彼が納得するまで話すには結構な時間が掛かることだろう。 その間ずっと視界に入る家臣の方々に待っていてもらうわけにもいかない…と考えて 一言、提案。


「それは…この宴席を始めてからの話の肴にしませんか?」


の提案に一瞬虚を突かれた様な顔をした信玄だったが、次第に口元が弧を描いていき、 最後には貫禄の滲む優しい笑いを溢すと、立ち上がってを見た。瞳の奥に澄んだ水を思わされる、随分と綺麗な目だ。


「佐助が貴殿のことを『不思議な娘』と言うておった意味がよく合いわかったわ」

「…?どういう意味ですか」

「それもこの宴席の肴になさらぬか、殿?」


片眉を上げて、機嫌でも伺うかのような随分と洒落た返答の仕方で。
このように皆宴を心待ちにしておる、と視線を投げる先にはずらりと並んだ家臣の方々。 改めてみれば随分な人数だ。少し、気圧されそうになるの肩に佐助が手を回した。 その様子を見る信玄は随分と楽しげだ。


「ほぅら、気圧されちゃった」

「る、るせー…ビックリしただけだっつの」

「佐助、殿を席へ案内せい!」

「はいよ大将。ちゃんの席はあっちね」

「正面かよ!恐れ多いぞ佐助!」

「はっはっは!殿は謙虚であることよのぅ!」


つまりは信玄と向き合って座ることになったは正直に喜ぶべきなのか、遠慮した方がいいのか 考えたけれど、佐助に肩を押され、その後ろから信玄が着いてくるものだから今更『席変えてください』 なんて言えなくて、従うことにした。そしてその時になって、突っ立ったままの幸村を再発見した。


「幸村?席に着かないのか?」

「旦那の席は俺の隣だぜー」

「ん?何だって?」


幸村は桃色を通り越して血管が破裂するのではないかという位紅い顔で言う。
それでも未だ恥ずかしいのか、語尾に行くにしたがって語調も声もフェードアウトしていくので は幸村の言うことを完全に理解するのに耳を近づけた。
けれどそのせいで尚更声が小さくなっていく。


「まっ、まこと美しゅうござり、ます…」


そう言ったきり完全に俯いてしまった幸村を見ては目をまん丸にした。
佐助はヒューと口笛を吹いたけれど、顔が笑っていない。
信玄には聞こえてなかったのか なんだなんだと幸村とを交互にゆっくり見遣った。

暫し経っては噴出した。


「はは!変なヤツ!そんなに恥ずかしがるか普通!」

「そうは言っても…某は女子を褒めるのは慣れておらぬので」

「わーってるって!有難うな、嬉しいぞ。女じゃねーけど。」

「あの…っ殿!」

「ハイハイなーに?」


顔を赤くしたまま、目の前の娘の両肩を持つ幸村。 この流れは先刻の…。佐助はの寝室で畳にずっぽり刺さりこんだ大型手裏剣をもう一度持ち出した。 (まーた要らんこと言いそうじゃね?)表面は『オイオイだんな早くしてくれよー』的な困り笑顔なのに 腹の中は全く持ってまっくろくろすけである。


「此の際某と夫婦に」

「早うせんか幸村ァア!」

「ええぇー!大将ォォー?!」

「何が起こったー?!」


本人の意思とは全く正反対に中を舞う真田幸村。
60キロ並みのスピードで殴り飛ばされた其れは、 有無を言わさず残った障子を巻き込んで庭の池にホールインした。

予想外なことに先に手を出したのは武田信玄その人であった。
凄まじいダークホースに佐助もも 曖昧な声を出すしかない。というかビックリして其れすら満足に出来ない。 (ちなみに周りの家臣の方々はなぜか拍手をしていた


「ちょ、信玄さん幸村が!幸村池に落ちましたよ!って行っちゃうんですか!」

「馬鹿者が。あれほど揚がるなと言うたというのに」(スタスタ)

「どうしようアイツ池に顔突っ込んで微動だにしねーよ佐助!」

「馬鹿上司が。あんだけちゃんに惚れるなって言ったのに」

「黒ッ!つか言ってないよな!お前ソレ絶対言ってないよな!」

ん?何のこと?ほらちゃん、大将が待ってるよ」

「幸村はいいのか?お前の上司だろ」

「いいのいいの。あとで起きてくるでしょ、多分」

「(多分かよ)」


独りの尊い青年の意識と引き換えに武田軍の宴席の幕は開かれたのだった。