『お前が女だったら好みだと思うんだけどなぁ』

『でもな俺の力貸したげるから!安心しろよ!』


馬の規則的な音に耳をかして、 力強い振動に揺られながら一瞬だけ威鞘の 言葉がよぎった。
それはほんの一瞬で、漫画で言えば回想シーンみたいなモンなんだろうけど、 次の瞬間にそれは大きな不安になって俺の心ン中に残った。


「まさか…な」


その場しのぎに呟いた俺の声は予想に反して小さかった。







04 躑躅ヶ崎







殿は乗馬が上手うござるなぁ!武士の出であろうか」

「武士?いーや、武士じゃねぇ。けど農民でもねンだな、コレが」

「武士でなく農民でない?それは…商人でござるか」

「んーん、商人でもねぇよ」


頬を掠める少し強めの風が幸村の尻尾(あの結んだ後ろ髪) との髪をさらって、はたはたと揺らめかせた。 は唐突な質問に曖昧な返事しか出来なくて、その所為で幸村は馬上で 腕を組んでうむむと考え出す。(すっげ!落ちねぇのな!) さらにそのあと続いて、枝を飛び移りながら馬と互角の速さで走っている佐助が息切れ一つせずに に問いかけた。


「んじゃさ、ちゃんて南蛮人?」

「『ちゃん』をつけるな、『ちゃん』を」

「いーじゃないのよ可愛いンだから」

「言ったなお前。じゃあ行き成り知り合ったばっかりの人間から『佐ぁタン』とか いわれてみろ、そしてあわよくば可愛いだなんて言われてみろ。俺なら発狂するね、 しないわけがない。そうだ、このまえバッタ捕まえたら頭が無かったんだぜ…

「見たことか佐助ェ!殿が発狂してしまったではないか!」

「えーこれ俺様の所為なの?!」


伊達政宗と別れて一刻ほど経っていて、その間佐助はずっと走り続けている (しかも全力の突っ込みまでした)のに 全く疲れた様子を見せないあたり、流石は忍だなと思わされる。 (けれど凄まじく早く動く足は目を背けざるを得ない)


「南蛮人ねぇ…佐助には俺が外国人に見えンのか?」

「いや移住でもしてるのかなとか、ここに流れ着いたのかなとか」

「…矛盾だらけじゃねーか、ここ陸地だぞ。
俺はれっきとした日本じ、この国の人間だよ、ジャパニースだよ」

「おおぉ異国語でござる!佐助!聞いたか!」

「聞いたから前!ちゃんと前見てね旦那!」


そういわれて幸村が振り返った目と鼻の先には胴回り2メートルほどありそうな大木が 転がっていた。幸村はなんなく飛び越えたが、カッと小気味良いの音が 響いた後、の馬はひた、と止まった。勿論佐助も簡単に飛び越えていたので、幸村と佐助は 追ってこないを不審がってふりかえる。


殿?なにをしておられる」

ちゃん?」

「俺はお馬さんジャンプが出来ない。ジャンプは週刊誌派だ


毅然として言い放ったは辺りを見回して「遠回りしてくる」と言って馬を降り、 向かって左の大木の切れ目まで馬を進めだす。 幸村と佐助はその発言に顔を見合わせた。 けれど声をかけるタイミングはやはり主従か、幸村の方が先だった。


殿、そ、某が、その、一緒に…」

ちゃーん、俺様が一緒に乗ったげる!」

「ん、そっか?サンキュな佐助!」

「えへへ、どーいたしましてー」


でれでれ笑んだ佐助を、幸村は絶叫を今し方終えたような、そんなスバラシイ表情で見た。
そしてそれをしてやったりな笑顔(確信犯)で見る幸村の部下こと佐助。
アイコンタクト戦争が勃発する。

(俺が声掛け下手と知っておきながら…!)
(これは男の戦いだぜ旦那ァ。油断しなさんなよ)
(男の戦いとな!おのれ蛆虫ごときには負けぬぞぉー!)
(うじむ…え、ちょっと今なんて?!)

…という熾烈な争いが繰り広げられていたことなどは全く知らない。
知らないどころか興味さえなかったはさっさと大木の切れ目まで馬を引いていくのだった。


「俺は何処に乗ったら良いんだ佐助ー…って、オイお前ら?」


が結局遠回りして帰った来た頃、佐助と幸村は満面の笑みで握手を交わしていた。
(馬上と地上だから佐助が物凄く無理しているように見える)
彼らの証言によると話し合いが成立したとか、しないとか、友情が深まったとか、溝が出来たとか …ということである。


「落ちたら危ないからちゃんは俺様の前に乗ったほうがいいな」

「馬の首に掴まってれば良いのか?俺二人で馬乗るの初めてなんだ」

「いやぁ本当はね、俺様にギュウって掴まってれば一番安全なんだけどさー!」

「それが一番危険な気がするんだが」

「あ痛っ!」


おいで!と両手をおどけて広げる佐助の脛を最大出力で蹴りつけるとは幸村の 方を向いた。其れと同時に視界に入った空は茜色に近くなっていた。

俺の居た世界の空はいつ見れるんだろう、とふと思ってしまう。 知っているようで全く知らないこの世界。落とされて不安でないことなどなかった。 在り得る事象で言ってみれば、言語ひとつ通じない国に突然移籍したような感じだ。 けれどそんなことを考えても何の得にもならない。は首をふって考えるのをやめて、 振り返ったに首を傾げる幸村に話しかけた。


「幸村ー、こんなにゆっくりしてていのか?」

「うむ、某も今思い出したのだ。お館様は早急に戻って参れと仰っておったとな!」

「早急に?俺様そんなの聞いてないんだけど」

「なんと、某だけに言ってくださった…!」

「いやそれを喜ばずに俺等に伝えろよ!幼稚園児かお前は!」


急遽急ぐことになった一向。
は佐助にひょいと抱えられて馬(アレクサンドリアフィンドルスゴビッチ政宗)に またがった。
後ろから慣れた手つきで腕を伸ばして手綱を持つ佐助を見上げると 佐助もの方を見ていた。


「最初もこんな感じだったな、羽交い絞めだったけど」

「でも今はお客さんだ。武田についても勢いに気圧されるなよ?」

「武田の武士は血気は盛んでも皆よい者ばかりでござるよ、殿」

「んー、なんか安心してきた。有難うな幸村」


お安い御用でござる、と明るく笑んだ幸村の頭を犬をなでるようにしてガシガシなでると 幸村は顔を真っ赤にして『破廉恥でござるぅ』と呟いた。
(けれど避けるような真似はしなかった )(優しい男だ)



















軽快な音を立てて馬が大木を飛び越える。目的地まであと少しというところだ。 そんな中は佐助に支えられたまま、すやすやと寝息を立てその安眠を保っていた。
幸村が時々の様子を見るように後ろを振り返るけれど毎回なんの反応も なかったのでついに佐助に問うた。


「佐助、殿が静かでござるな」

ちゃん?寝息立てて眠ってるぜ。寝心地悪いだろうに」

「疲れておられたのであろうか…」

「多分ね」


が佐助に馬の主導権を譲ってからすこしも経たないうちに は急激な睡魔に襲われたようで、佐助に背を任せるようにして 座りなおすと目を伏せ『あと頼んだよ佐助』と小さく言い残しては夢の世界に旅立った。

佐助はまさか本気で眠るとは思わずにそのままにしていたけれど、ちょっとバランスが崩れた瞬間に が落ちそうになった(幸村にしこたま怒られた)ので今はちゃんと片手で支えているのだ。

森も開けてもう屋敷は目と鼻の先であるとき、佐助はを盗み見た。 自分の肩幅にスッポリと納まるその肩幅。じっと見つめて分るその睫の長さ。 そして最も疑うべきは…


「よくもまぁコレで男だなんていえたもんだよ」


厩へ馬を置きに行こうとすると、そこにはもう武田の武士がちらほらと見えて、 お二方が帰ったぞ、お館にお伝えせねば、と急ぐ足音がちいさく響いていた。



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ひぱっしぶ!……ん?」


は自分の想像を絶する発音のくしゃみで目覚めた。
自分が何処で眠ってしまったのか、何処で寝ているのか思い出せない、 みなしごハッチ(古いネタだな)の気分で辺りをみまわすと 畳の上で布団に入って寝ていたことが理解できた。

その刹那、スッパーン!と音を立てながら開いたのは視界に在る障子だった。だらしなく頭を掻いてそれを みているとソコに現れたのは虎の若子。大の字に立つその後ろにひっそりといるのは佐助だろうか、 いや、ゼッタイに佐助だ。(あからさまな迷彩柄なんてこいつだけだ)(つーか、アーミーって昔からあったのか)


「おはよー幸む」

「どうなさったのだ殿!」

「…ふへ!?」


は挨拶を終える前に幸村はの肩を掴んで揺さぶった。 意味が分らなくては目を白黒させるばかりだが、無事でよかった…!と 破廉恥なんてまったくかなぐり捨ててを抱締める幸村の後方でドス黒いオーラを 産出しながら佐助がに説明した。
若干、オーラが幸村に絡み付いているように見える。

彼いわく幸村はの変なくしゃみに驚いて何事であるか!と普段見ることが出来ないような 必死な顔での部屋へ駆けていったらしい。全くもって忙しい上司だよ、と佐助は 口端の引き攣る笑顔で言う。覗く犬歯がきらめく。(おぉーい佐助!怖ぇーよ!)


「幸村…苦しいんですけど」


は殆ど体の力をぬいたままで幸村に言った。
あまりに強い力で抱締められているので 姿勢を保とうとしなくても大丈夫なのだ。
そのの発言を聞いて、そして佐助の恐ろしい位の 鋭い視線を受けながら、幸村は現実にもどった。

を抱締めたまま一度肩をビクリを震わせたかと思えば、次の瞬間にはから離れ、 地に伏していた。バッタリと土下座ちっくな体勢をしているので表情は伺えないが、 耳が肌色よりずっと赤いので顔もずっと赤いのだろう。


「ももももも、申し訳ござらぬぅぅぅ!」

「いやいや、そんなに気にすることじゃねーだろ」

「某はなんと破廉恥なコトを!お館様に顔向けできぬぅぅぁああ!」

「気にすることじゃないなら俺様にもぎゅうってさせてぇぇえぇぇ!」

「何どさくさに紛れていらんこと絶叫してんだお前は!」


ったく。は溜息を一回つくと、いつの間にか横に並んで仲良く土下座している 二人組を見た。(佐助は一体どうして土下座を…?)衣擦れの音が心地良い。 は自分が洋服でなく、着物であることに気付いた。


「…俺、服着替えたっけ」

「某が着替えさせたのではござらぬよ殿ぉ…!」

「いやわかってるから!そんな泣きそうな声出すな!しかも土下座のまま!」

「俺様がやったわけでもないぜ!残念なことに!」

「ほほぉそりゃお前寧ろ幸いだったぜ!」

「ってか実はちゃんまだ寝てたからさ、
女官に着替えさせといてって 言ったんだけど」

「…」


土下座から顔を上げた佐助の発言を聞いては考えた。 (幸村も顔を上げた)
女官というのはようするにメイドさんみたいなもので、それがの 着替えを手伝ったということはの服を脱がせたということであって。

は着付けられた自分の着物を見た。肌触りからしてどうやら下着は 身に着けているようだが、どうも不安だ。見ず知らずの人間に、しかも寝ている間に脱が されたとあっては一生の恥である。というより、ここは恐らく(いや、史実では無いだろうが)戦国時代。 何穿いてんのこの殿方、みたいな事になっていないといいが。


「どしたのちゃん」

「不都合でもあったのでござるか」

「…いや、そうじゃない」


は後ろを向くと着物の帯の端目を探してクルクルと帯を外しだした。
後方にいる男二人組から戸惑う声(かたや歓声)が聞こえる中、 ゆったりとした着物の外形をつくっている帯は林檎の皮を剥くかのようにしてするりと ほどけていく。

…のだが。

の瞳孔が驚きに狭まっていくのに相反して口はあんぐりと開かれていく。
今まで生きてきてここまで現実離れした現象に出会ったためしがなかった。
首を捻じ曲げて後ろにいる二人をみる。そして目が合ってからまた視線を戻す。

こいつらの言っていたことはもしかして、いや違う ……確実に。

驚くべきことにの目線の先の胸板には桃の様な造形の二つの塊が映っていた。
夢かと思う暇さえなく外気に晒されたその部分は直接的に温度の変化を伝える。
―――つまり、実物なのだ。


「なんじゃこりゃあぁぁぁぁああぁぁぁああ!!!」