俺達はあれからぶっこんで(小十郎さんが言ってた)(あの人が言うと何でも渋くなる) 飛ばしまくって随分の間走ってきたけど、突然アレクサンドリアフィンドルスゴビッチ政宗が俺に休もう、と 言い出すものだから俺はそれを二人に告げ、馬を止めて休憩していた。


「なぁアレクサンドリアフィンドルスゴビッチ政宗」

『はぁい。姉さん、どうかしましたか?』


最初は飛べなかった丸太だって、武田に居るうちにいろんな人(特に幸村)が教えてくれてピョン ピョン飛べるようになった。 練習の時に専らお世話になっていたアレクサンドリアフィンドルスゴビッチ政宗の手伝いあってかもしれないが。

大体、俺が小さい頃、爺さんは馬を飼ってた。それで俺も良く乗ってた、いや、乗らされてたのか? まぁそんな感じで馬って言う生き物には慣れてたんだ。だから喋る馬も何とかトラウマにならずに済んだんだが、 俺は現代人だし、そこまで長時間の乗馬には慣れてない、足も強くないし……いや、強くなかった。 っていうのも、この世界に来てからはビックリするぐらい強化されたんだわ。 坂とか全然苦しくないぜ!むしろ凄いイケる。電動自転車みたいにイケる。 まだ忠勝にゃんみたいにはいかんがそれなりに機動戦士みたいになってきたような気もする。 あれ?俺、人なんだから気がしちゃ駄目なのか?(忠勝にゃんを人外とみなした瞬間のことであった) (違うんだ忠勝にゃん!これは、これは誤解なんだ!)

あれもこれも威鞘の力うんぬんなんだろうな。多分。
太ももの辺りの痺れるような筋肉疲労が俺をまだ人で居させてくれるってワケだな。 それにしても、そうか、それなりに疲れたんだな、俺。 それで長いこと乗馬したことの無い俺の脚の疲れを労わってくれたわけだこの アレクサンドリアフィンドルスゴビッチ政宗ちゃんは。なんていい馬なんだ。俺には勿体無ぇぜ。 それはさておき俺は視界に馬の手綱を結ぶ政宗と小十郎さんの姿を確かめた。どうやらもう少し此処にいるらしい。 因みに俺の可愛い馬は手綱を結ばなくても俺の傍をついてまわる。さながら俺は親鴨ってワケだ。


「あとどれぐらいで着くか解るか?」

『あのお侍さんたちが乗ってる馬さん達があと五刻ぐらいだって』

「ヒヒーン、ヒンヒン」(政宗の馬)

「はぁ、そうか、まだ五刻…いやちょ、お前他の馬と」

『え?ですよね?ああ、五刻じゃないんですか?三刻?
わぁ、姉さん、あと三刻ですって!よかったですねぇ』

「そうか、三刻か。ありがとうな」

「ヒヒーン」(小十郎の馬)

「ヒン」(政宗のやつ)


キャサリン聞いてくれ俺は今日始めて馬に通訳をしてもらったんだ。







「ヒン、ヒヒン」







24 月下の君







ずっと走り続けてきた成果だろうか、既に3人は殆ど伊達領地に近いところまで来ていた。 出発した時はまだ明るかった空は随分と暗くなってしまっている。 三刻というのは政宗たちにはそこまで酷な時間ではなかったけれど、此処には少女(彼等にはそう見える) がいるのだから無理はさせられない、という判断が出たらしい。

小十郎は馬に掛けていた袋から食料やら火打石やらを取り出した。それを見てはなるほど、と納得する。 行きがけに前に見える小十郎の馬の背にだけ異様に荷物が掛かっていたのを気にしていたのだ。 政宗やの馬は天使の羽でも生えそうなくらい軽快に飛ぶのに、小十郎の馬は その度に尻の辺りに掛けられた荷物が腰骨を打つように バシバシあたって、『ちょコレ、荷物邪魔、荷物邪魔。コレ皆で分担した方がいい』と言わんばかりにブルル、 と唸っていた。

がアレクサンドリアフィンドルスゴビッチ政宗のたてがみの感触にうっとりしている時、 行き成り肩を引かれたと思ったら政宗が居た。後ろから抱きすくめられるような形になって、 しかも政宗は武装しているものだからの頬には肩の辺りの甲冑部分がひんやりと触れる。 冷てぇ、と溢すとHAHAHAと心にもない笑いが聞こえてきたので、はとりあえず 踵で政宗の足を思い切り踏みつけた。(本音を言うと理由はそれだけではない) (政宗の息が妙に荒かったからだ)


「Hey、長く走ったな。辛くはねェか?」

「さっきまで、疲れてたけど、癒された」

「(七五調…)そうか、今日は此処で野宿するんだが、それは大丈夫だな?」

「そっか野宿か。そんじゃ何か集めるものとかは?薪とか、俺集めてくるよ」

「No.客人が滅多なことしてくれンなよ。お前は俺の傍に居ろ。
夜は冷えるからな、俺をアツくしてくれよ。You see?」

「夜といわず今から燃やしてやろう、火計とか、そんなんで」

「Ha−n.何時になったら俺にデレを見せてくれるんだいHoney」

「さぁな。次生まれ変わった時ぐらいかもしんねぇが、それまで待てるか?」


ていうか次生まれ変わったら鳥になりたいんだから無理だ。

どうやら彼にとっては抱締めたり、愛を囁いたりすることは至極当然なことらしい。 抱締めてわざとらしく耳元で話すのも当然らしい。(俺にはその許容がデレに思えるんだが) (いやいや違う、俺がデレてる訳ではなくてだな…!) 因みに何故奥州王がそんな言葉を知っているのかというと、それは勿論、『BASARAだから』である。

小十郎の所に行くと、薪も集め終わった様子で丁度火を熾していた。(仕事が早いよなぁ)
がきっと幸村や信玄が居たなら楽であろうその仕事を見ていると、それに気がついた小十郎は 振り返った。そして直ぐそこにあるキョトンとした顔を見てハッと渋い笑みを浮べると(!格好いい…) 優しくに話しかける。


お前、俺を手伝うのはいい。
暇だったらこの近くに湖がある、そこにでも行ってきな」

「え、」

「この気温だ。入っても構やしねぇ。
ああ手拭いか?手拭いが要るな。それならたしか在った。
そら、俺の馬の背の袋に入ってるだろう」

「は、はい」

「?どうした」

「いや、行ってきます」

「気ィつけろよ」


心の底から男を母さんと呼びたくなったのは今日が初めてだったろう。

小十郎にテキパキと準備をしてもらって、は片手に手拭いを装備した状態に早変わりした。
因みにこのとき政宗は刀を片手に木に向かって一心に何かをしていたので、何をしているんだろうと 肩越しに見てみると、相合傘を(しかも俺とエロ眼竜のな)刻み込んでいた。しかもなんか鼻歌とか 歌っていた。最早止めるのもアレかなと思って放っておくことにした。



















小十郎たちは甲斐に来る前にもこの場で1度休憩したのだとその後聞かされた。
確かに今日野営するところは丁度良く開けていて休憩するには打ってつけのように思える。


「お、いーいお月さん」


もともと斜陽だった上に、いろいろと準備をしていた所為でいつのまにか月が昇っていた。
は今まで、夜に外に出たことはなかった。勘助やら佐助やら、幸村やら柚木やら、 皆が夜外に出るのは危ないといって聞かなかったし、自体も外に出たいとは思わなかった。 その月とその光、そして湖面の反射。一級の芸術品の様なその風景に少しだけ申し訳ない気分になりながら、水面に手を触れた。 てっきり身を刺すほどかと思ったが、思いのほか冷たくない。 暖かいという部類には入らないにしろ、少し水を浴びる位なら大丈夫だろう。

着物の帯を解きながら、政宗にも此処に来ると言って置けばよかった、と後悔した。 小十郎には言ってあるが、政宗が間違えて此処にきたら何かが起こるに違いない。 いっそのことずっと相合傘とかを書いていてくれたらいいと思った。 それから政宗は間違いなく学校を卒業する時机にイタズラ彫り込みをするやつだと思った。 (それも卑猥なのを。)着物を一切脱いでから小十郎にもたされた手拭いを腰にまくと 夏に海の監視員のアルバイトで鍛え抜かれたバネを使って飛び込む。 体温よりもずっと低い液体が呼吸器官を塞ぐ感覚はいつやっても慣れなくて、目を思い切り瞑った。
(上半身は良いのかって?)(俺、もともと男だかんね、あまり気にならないっつーか)

水面から顔を上げて水底に足を付けてみれば、深さは首の上ぐらいまであった。 もう1度深く潜って顔を上げると、は顔にかかる髪を後ろにながした。 へへへ小十郎さんみたいだ、とかどうでも良いことを思いながら ふと伸びた髪を見て、地味に生きていることを実感する。

髪に溜まった水分を絞り去り、腰に巻いていた手拭いの水を落として体を拭いたあと、 乱雑に脱ぎ捨てていた着物の小袖に腕を通した。 下着がない所為で最初は気持ち悪かった着物だが、もう慣れてしまった。
この戦国時代の下着、という定義。
戦国のこの時世では男性は褌、女性は小袖という、白くて薄い着物が下着として扱われている。
女性において今の時代で言う『下着』というのは存在せず、しかも夜寝るときにはそれだけしか着用しないのだが、 幸村たちと一緒に寝ているは柚木たちの意見もあってちゃんとした着物(といっても普通よりはずっと着易い) を着用していた。 だからコレ一枚だけ着ている状態にはあまり慣れていないので(しかもちょっとさむくなってきた) はさっさと着てしまおうと、残りに手を伸ばした。



















俺が木に『永遠のLove〜俺とお前〜』(命名By俺)を刻み込んだ後に小十郎には何処に行ったのかと 訊いたら、小十郎は「は近くの湖に行きました」と言った後、怪訝な目で「政宗様…ご自重なされよ」と言った。 Ha!それじゃあまるで俺がを覗きに行きたいみたいじゃねーか。もしかしてお前そんなことばかり考えて んのか、隅に置けねぇ野郎だ。いや、それでこそ俺の右目だ。これからもよろしく頼むぜ。

大体、俺はそこまでしての裸とかを見たいたァ思わねぇ。
いつかあいつが見せる気になるまで待つ、つもりだ。
さーて、あの湖はどっちの方角だったか…


「政宗様」

「いいい、いやいやいや、別に行こうなんて考えてねぇよ
Ha?What?つか俺はそんなことしねーし?」


「(ほう、成る程…)その話ではなく」

「……違ったのかよ」(ボソ)

ええ違います。夕餉の準備が整いました故。
もうじきにも帰ってきて貰わねばなりませぬ」


そうか、夕餉か。俺はうわ言でも呟くように小十郎の言葉を反芻した。 …どうやら野宿は初めてみたいだったからな、ああ言っちゃ居るが疲れただろう。 飯でも食わせて安心させてやりてぇ。それから城に着いたら先ずは服だな。 呉服屋に頼んでおいた服が丁度仕上がっている筈だ。 折角の親善大使なんだから俺の国を、そうだ、それこそ帰りたくなくなるぐらいに、満喫させてやろう。 そのためには俺の傍にが居るべきなんだが、今は湖に行っているとかで。 それにしても遅過ぎやしねぇか?小十郎が言った時間帯からすると、ゆうに一刻以上がに経っている。


「それにしても、遅い」


小十郎も俺と同じことを考えていたらしい。さっき俺に向けたのとはまた一風違った怪訝な表情で 森のほうを見つめている。ああそうか、そっちの方角だったか。そっちに俺のHoneyがいるのか。 しかし小十郎、お前は物覚えがいいな。余計なことまで 覚えているもんだから、俺もそうそう安心できねぇのが玉に瑕だが 。


「此の際仕方ねぇな。行ってみるか」

「しかし政宗様」

「小十郎、お前覚えてるか」

「と、仰されますと」

「今朝の盗賊の事だ」


一瞬にして小十郎の表情が凍りつく。

俺達は今朝甲斐に来る途中、この国境付近で暴れている山賊に運悪く(運良く?かもしれねぇが)出会った。 警備の行き届いた国の中心よりも端のほうに賊というのは集中するらしいが、まさか俺達のところまで来ていたとは、 と驚きも中ほどにさっさと片付けようとした時、俺が隻眼であることをその賊のうちの1人が罵りやがった。 俺が独眼竜だということも知らずにだ。いや、案外知っていたのかもしれねぇ。 賊はそういう権力階級には興味がないのかもな。
俺自身はもう慣れているからあまり、どころか全く気にならなかったが それは小十郎に激しい怒りの火種を落としたらしい。 あいつは俺よりもずっと沸点が高いが、俺の事になるとどこか見境がなくなる。 自負しているわけでなく、本当に、世話焼きだ。俺は唯一ここだけ真田幸村に同情できる。


「てめぇ…」

「おい小十郎、何してる」

「この低脳な賊にヤキを。
どうぞ政宗様はお先に」

「Ha、そうか。早く済ませろよ」

「御意に」



あのときの小十郎の血管の浮き上がりようといったら、ありゃあ誰にでも出来るもんじゃねぇ。 小十郎だからこそできる芸当だ。年末のかくし芸大会に出してもいいんじゃねーか って俺が何度も薦めてるんだが、その度に戯れはやめられませ、と俺を叱る。しかも血管を浮かばせてだ。 だから、その血管が、凄いって、Greatなんだって言ってンだろうが小十郎。
と俺は毎年なんだか悔しい思いをする。


「ですがあの賊、すべて倒した筈」

「あの場に居たのが全てってわけじゃあねぇ」

「くっ…全滅させられなかったか…」

「Hey小十郎、そんな顔をするなよ
お前はやれることをやった、そうだろう?」


小十郎は勝手に自分で背負い込むところがあるから困る。 コイツが政を仕切ったらきっとStressで死んじまうだろうな。 もっと誰かに頼るってことを覚えねぇといけねぇ。 俺がに頼るみたいにな。Han?何処を頼ったかって? うるせぇな、夫婦になってから頼るんだよいろんな…そうだ、夜とか、いろんなところでな。 Ah、そうなったら頼りまくりだ。Interdependenceならもっといい。

俺は馬の傍に置いていた六爪を腰に装備しなおした。


「間違いだったとしても謝って許してもらえばいいだけだ
手遅れを目の当たりにするよりもずっとマシだろ、You see?」



















服を掴もうとしたとき、草を掻き分ける音と一緒に視界に入ってきた他の人間には動きを止めた。 精神的なところでは女ではないので下着(小袖)姿を見られたところで別に恥ずかしくはないのだが、 問題はこんな森の中、しかももう日も沈んだ時分にどうして政宗でも小十郎でもない人間が いるのかだ。しかも1人ではないらしい。木の陰に隠れてよく見えないが、 が耳を澄ませると、目の前の足は止まっているのに、もっと奥の 方かガサガサ聞こえている。


「へへへ…よぅ、姉ちゃん」


掛けられた声に顔を上げると、随分と下卑た表情が待っていた。 目の前の男、そしてまわりの男らも同じような乱雑な風体で、 同じような表情をしているんだろう。その好感の持てない輩にが嫌悪をこめて目を細めた時、今まさに 手にしようとしていた着物をその輩のうちの1人に取り上げられた。


「何をす、」

「俺達も幸運だぜ、へへへ
お頭が殺られてどうしようかと思ってたが
こんな良い女に出会うなんてな」

「ツイてるな、喰い放題だぜ」


(賊か…)

『お頭がやられた』ということは、もしかしたら今朝小十郎がヤキを入れた(とか言って、殺しちまったんだろう) 盗賊の残党なのかもしれない。は冷静な頭でそう考えた。頭がいないということはある意味利点であり、ある意味 難点である。頭がいるのなら頭の切れた作戦をし、危なくなれば退くのだが、頭がいないのならば 止める人間が居ない。それは猪突猛進という四字熟語にも似ている。ぶつかっていく相手が格上だったとしても 止まらずに猛進するからだ。

三河に偵察に行ったときもこんな風に盗賊に絡まれたことがあった。 あの時と違うことといえば、時間帯が昼でないこと。そして自分の格好があのときのように ちゃんとした着物でなく、下着姿であること。 つまり相手の欲情を誘うような服装であることだ。 その所為で先ほどから嫌というぐらいに浴びせられる色欲の混じった視線を意識しないように 目を強く閉じた。そして考える。これからどう対処したら、穏便にことを済ませるのかを。
だがそんな猶予も存在しないようだ。


「何をされるかなんてのァもう分ってんだろう、女ァ」

「…!」

「おら、声を上げるなよ。逃げたって無駄だ
こんな森の奥に誰が助けに来てくれるんだ?んン?」

「はは、やめとけ、泣いちまうぞ」

「おおっとそうだった『啼かせる』んだったな」

「しかしこんな細っせえ体で満足できるかねぇ?」

「よく見ろ、この女、出るところは出てやがる」


ゲラゲラと笑いながらいつの間にかを囲うように陣取った賊等は乱暴にの腕をつかんだ。 条件反射で身を引こうとすると、引いた先に居た男が口を押さえる。がされるままにしているのを イイコトに、腕を引き足をなで髪を引張り、遣りたい放題をする。 このとき、賊等は目の前の女が泣き叫んだり抵抗したりしないのは、あまりの恐怖に怯えている所為であると 思い込んでいた。どうしてそんな年頃の女がこんな国境付近で、しかも夜にひとりで水を浴びているかを考えずに、だ。

勿論は恐怖に怯えていたりはしない。は賊等の視線を無視しながら策を練り出した。 その名も『私、貴方を待ってた。この世界に一人ぼっちの私を貴方は助けてくれたよね』大作戦。 略してウェイティング大作戦。作戦内容はひたすら待つこと。小十郎やらが来るまでひたすら待つこと。 なぜこんな無謀な作戦に出たかというと、には確実な算段があったからだ。 小十郎は言っていた、一刻ぐらい経ったなら帰ってこい、と。来ないなら政宗様を迎えに遣らせる、と。 自分では一刻という時間は分らないが、これだけ長く居たのなら、すでに一刻は経っているだろう。それなら 待っていれば時期にその時は来る。

と、思っていたが。


「それじゃあお楽しみと行くか、へへへ」


▼敵A の 攻撃!
▼敵A は かげぶんしん を した!
▼敵A の すばやさ が ぐーん と あがった!

(なにぃっ…!計算してないぞ!)

思っていたよりも敵の動きが素早い。 は当初賊等が順番争いでもするか、と、同じ男という精神面で考えていたが、 どうやら順列という概念は彼等に存在しないらしい。緩く巻いただけの腰紐に下卑た手が伸びた時、 の策は一瞬にして塗り替えられた。





作戦名:ヤッチマイナ!
作戦内容:暴力(一方的可)
形:
真:正当防衛という殴る蹴るの暴行
理:イライラしていた





「そうだな、お楽しみと行こうか、クソ賊共」


ストレス鬼神が、降臨した。



















政宗たちは草陰に隠れていた。息を潜めて、なるだけ身動きもしないようにして隠れていた。 一国を治める将とその右目がどうしてそんな野暮ったらしい真似をしているのかというと、 どうしても草陰から湖の湖畔に出て行くことができなかったからだ。

そして彼等は現在進行形で鬼神の戦う様を観覧していた。
(いわば最高の観覧席だ)


「Hey,Who is she?」

「…、でしょう」

「OK、俺にもそう見える」


政宗と小十郎は互いの視覚を確かめ合うともう1度、試合風景を眺めた。
確かにが大勢の残党を相手に戦っている。しかも素手で。 全くスキのない動きは見ていて快い域を遥かに超えて、すでに惚ける程に美しく、 八方に視線があるかのようにして周囲を把握する戦い方にはつい、羨望の溜息が出るほどだ。

その溜息は敵中に1人向かうの姿にも誘発されていた。

良い月夜だ。湖畔から覗く空には満月が、まるで其処にしか空が無いとでも言う様に綺麗に入り込んでいた。 そこから惜しげもなく注ぐ月明りはその下で起こっている闘争すら神事の如き神々しさに変貌させる。 その中で小袖という薄着一枚で舞う。それでも厭らしさの欠片も感じさせないしなやかな肉体は、 髪から落ちる僅かな雫と月明りをあびてキラキラと光っているようにさえ見えた。 まるで天女。少なくとも政宗にはそう思えた。惚れた弱みかもしれないが、ちら、と横を見たときの 小十郎の動かない視線を見て、この乱闘に魅了されたのは自分だけではないことを悟った。

天女。
誰をも魅了するのに、誰をも愛さない。

(だったら、俺は…俺はどうすりゃあいいんだ)

ほんの一瞬、高嶺の花に手を伸ばすような気がして切なくなった心を落ち着けるように一息吐くと、 政宗はゆっくりと方向転換した。よいのですか、と止める小十郎を振り返り、湖畔の方を顎で指した。 小十郎も見入るあまり事の展開に気が付かなかったのだろう。もう闘争は終わりを迎えていた。 がぐったりと倒れた男達の中で1人悠々と着付ける姿を見ながら、政宗はその周りの男達の方に視線を向けた。 本当は始末しておく方が良いのかもしれない。だがあそこまで圧倒的な力に抑えられたのなら、徒党を組むのは まだ先のコトになるだろう。今日は、放っておく。それが彼の出した結論だった。


が戻ってくる。その前に小十郎、お前も一緒に帰るぞ」

「良いのですか政宗様」

「構わねえ」


同じ事を繰り返す小十郎を手で制し、政宗はそのまま音を立てないように草陰を出た。 遠方の焚き火が誘うようにチカチカ光るのを見つめていると、うしろから聞こえる嘆息にも似た微かな唸り。 政宗は後ろの男が何か言いたそうにしているのを感じ取り、口端を上げた。 それと同時に零れた含み笑いに小十郎は尚の事政宗を見つめる。


「HaHa...見つめるなよ。野郎に見つめられても嬉しかねぇ」

「では政宗様、先刻のの戦い、如何様に思っておられるか」


小十郎はどうやら自分と同じことを感じているのだろう。
振り返った政宗は、一番に小十郎の戸惑う顔を見て小さく笑みを溢した。
そして言葉は紡がれる。







「武田の、摩利支天―――」