上杉との戦は結局中途半端に終わって、俺は城に帰って着替えた後直ぐに床に入った。
布団に溺れるように眠って、そして、こんな夢を見た。


「おや、見ないうちに可愛らしくなったもんだ」


本当に久し振りに見た威鞘は最初に会った時と寸分も違っていなかった。
漆黒のたっぷりとした長髪を高く結い上げ、貴族のおべべを身にまとい、見下し加減の偉そうな表情。 俺は色々考える前に威鞘との再開に思いを馳せた。いやぁホント変わってない。 何時まーでも貴族レイヤーさんのままだ。でも背高い、声低い。チクショ、羨ましいぜ…ったく。

威鞘は最初に会った時のように、ニパッと人懐こい笑みを浮べる。
まぁ…それなりに人好きのする笑みではあるが、俺からすればこいつは諸悪の根源であり、俺を性転換させた張本人であり、 ちょっとネジの外れた戦国に武器ひとつ持たせず、つまりはBASARAの初期設定よりも悲惨な状態で放り込んだ 男(しかもなんかハトっぽい)なのだから、笑みを返したりするわけが無い。

そういうわけで俺が威鞘の胸座を掴んで(といっても俺のが背低いからなんか不恰好だが)睨み返すと、 威鞘は至極不思議そうに俺を見下す。いや、こいつからすればその視線が普通なんだがな。 それも不快だ。お前の身長俺によこせ!半分こしろ!


「テメェ、威鞘…」

「おいおいちょっと、?何で怒ってンだ?」

「自分の胸に聞いてみろ、クソ鳩」


多分また大したダメージも負いやしないんだろうが、一発殴っておかないと気がすまない。
しかし腕を振り上げ勢いも良く振り下ろした時、既にそこに威鞘は居らず、真後ろに気配を感じて振り返ってみれば 、へらっと中途半端に笑んだそいつが居た。なるほどは『夢』だ。佐助の『忍びのやること〜』と同じ位便利な言葉だな。 夢だもんな、夢だったら威鞘が瞬間移動しても良いってことか。 夢だったら頬も…あ、本当だ痛くない。引きちぎれそうなぐらい引っ張っても痛くない。
ずっげー。ルフィみたいだな。(今の失言?)


「…!なんか前がぼやける」

「そりゃホラ、もうじき眼が覚めそうなんだよ
今更なんだけどお前って意外にスタイルいいな」

「ウルセ、バーカ、ハト、死んでろ、豆鉄砲で」

「俺は幽霊で神様だから死ねませーん、残念!クックプン!

「なんとかして死ね、クックプン言うな


覚醒に近づき、朦朧とし始めた俺の視界には威鞘だけが映っていた。
目が合ってから、はっきりとした声が脳内に聞こえた。


「続きは目が覚めてからだよ、クックルップ」


悠長に俺の頬に指を伝わせる。優しい動きだがどうもキモチ悪い。何か入ってきてる気がする。 当然だろ俺男だもん。だが振りほどくにも体が動かない。あーもう早く目ェ覚めないかな。 起きろ、俺!目〜覚〜め〜ろ〜俺〜目〜覚〜めろ〜鳩に負けるな〜起きろ〜お。


威鞘、もし目が覚めた後お前に会ったのなら…







20 再来のハト笑い







「ぶっ…殺ォーす!」

『びぇ!すいませんでしたぁぁぁぁ!!!!』

『だから言わんこっちゃ無い!家に帰ってろ!』

『貴方も一緒に帰るんですよ、ほら』

バタバタバタ、スー、パタン


(誰だ…?)

ひそひそ声と騒がしい物音。
夢見も悪く、連動して目覚めの一言もおっかなかった だが、最初に感じたのは自分の部屋に他の誰かが入ってきていると言うことだった。 起きてあたりを見回してみても確認できる限りそこに人影は無い。しかし声はした。 天井辺りに佐助でも居たのだろうかとも思ったが、次の場面でその考えも払拭される。


「おおお殿!目覚められたか!」

「いやーまったく、ちゃんは朝から物騒だねぇ。そこも魅力的なんだけど」

「全くでござる。ぶっ殺す!あいらぶゆきむら!などと。
もしや…某等の居らぬうちに何か?」

明らかに言った覚えの無い言葉が入ってるんだが。
や、ちょっと嫌な夢を見たと言うか…鳩が笑ったと言うか…
それでなんだけど、なぁ佐助、今天井裏に居なかったか?」

「やだなちゃん、俺様今朝は旦那と鍛練してたよ」

「そっか、そうだよな、そうだよ。佐助はまだそこまでいってないもんな」

「なんか今遠まわしに『まだそこまで変態じゃない』的なこと言われた気がしたんだけど」

「………」

殿?」


がまた考え出すものだから幸村も佐助も気になって、布団から起き上がったままのの もとに膝を降ろす。はそんな両者の顔を交互に見遣ってから、首を捻った。


「っていうのもな、朝俺が起きた時、話し声が聞こえたんだ」

「廊下を通った女官じゃなくて?」

「違う違う。もっと近くで聞こえたんだよ、若いのとちょっと老けたのと綺麗な敬語が」

「若いの?若い者など今この城にはおりませぬぞ」

「キレーな敬語ってのも、居ないよなぁ……本当に聞こえたのちゃん?」

「聞こえたんだってば。なんか家に帰ってろとか言ってた…
えーじゃあなんだよ、オバケかよ朝から怖ぇなー」

オバケは夜の墓に出ると聞いておる!安心なされよ殿!」

「お前が言うとものすごい可愛いなぁソレ」



□□□□□□□□□□



「そんじゃ、後でな。直ぐ行くから」

「急いでこないと旦那がちゃんの分食べちゃうよ」

「そっ、そのような意地汚い真似などせぬ!」(ぐきゅー)

「面白い位説得力無いな」


幸村たちはを起こしがてら朝餉に連れようとしていたとのコトだったので、は 直ぐに着替えて彼等を追うことにした。その際もちろん佐助はの着替えを手伝うと言って、 朝に弱いは二つ返事で了承したのだが、幸村が歯軋りの音を立てながら笑顔で立っていたので はたるいながら自分で着替えることになってしまった。

遠ざかっていく足音が聞こえなくなったあたりで、は布団を仕舞う手を止め溜息をついた。


「変な夢見た所為でもやもやしてるなぁ、今の俺」


この世界に来てからもう随分と経っていて自体、此処での生活には慣れていたが、 だからといって元の世界が懐かしくないわけではない。満月の日には決まって思う。 かぐや姫が月に帰ったのなら、自分も現世に戻るんじゃないか、と。そしてそれで 元に戻れたとしても、この世界には情が移りすぎていて。

戻りたい、戻りたい、戻りたくない。


「多分…戻りたくないんだな、俺は」

「じゃあ戻らなきゃ良いんだろ」

「んー。そりゃそうだけどよ、そんな確信もてねぇだろ」

「持てるさ。だって俺神様だもん、クプップクー」


クプップクー…そうか、お前か。

突然の登場にはもう慣れてきて、は一瞬だけ驚いたように息を吸ったが すぐにジト目になって後方を向いた。勿論其処には、あの鳩男が居る。 そしてここでもアノ服装のままだ。神なら服装ぐらい変えても良いものだが…気に入ってるんだろうか。 それなりに似合っているから何もいえない。


「約束したろ。だから頑張って来てみたぞ、クックプ」

「あーそうか頑張ったな。約束なんてして無いけど」

「うーん、あのな、褒めても何もでねぇよ?」

「お前の魂がでたらいいのに」


本格的に米神に血管の浮かび始めたの機嫌を直すように(実際は逆撫でしたが)威鞘はその 頭に手を置いた。相手にされてないような気がしては威鞘を睨む。 だがは威鞘よりも背が低い。そんなが威鞘の手越しに威鞘を睨んだところで 全く怖くないのだ。

威鞘はケラケラ、もといクックルップ笑った後、片手をおもむろに挙げるとパチンと鳴らした。
そしての両肩に手を置いて座らせる。だがそんなことよりも は朝餉を平らげにいかなければならない。 威鞘に釣られて大人しく座った後、我に返って再び立ち上がった。


「待て、駄目なんだ。俺朝飯食いに行かないと…」

「朝飯なら大丈夫だぞ。時間止めてる。パチンってして」

「あのな威鞘君?馬鹿言え?そんなこと出来るかって、」

「じゃあ外開けて見てみろよ、止ってるから」


自信満々の視線を受けて、半信半疑のまま障子を開けてみた。
少し先のほうに女官が居る。しかし全く動いていない。そして驚くべきところは 彼女の手から滑り落ちそうになっている皿が空中で止っているところだ。 成る程『時間が止まっている』。実証を見てから納得したはとりあえず落ちそうになった皿の下に座布団を 置いておいた。

戻ってきて座りなおすと、威鞘はニンマリと笑った。


「……な?」

「ソウデスネ」



















「……で、何の話がしたいって?なるだけ掻い摘んで話してくれよ。
(俺の朝飯、俺のブレイクファースト、俺の白米…)」

「安心しろよ!が餓死したらこっちの体の方も俺がもらってあげるからさ!」

「ぜってー死ぬもんか馬ッ鹿野郎」(ちょっと泣きそう)


少しだけ我慢、できるだろ?と明らかに上視線で言うものだからまた不機嫌になりそうになりつつ、 はぶっきら棒に頷いた。威鞘が此処までやってきた理由も聞きたいし、何よりも 自分がこんな事になった詳しいところも是非聞きたい。威鞘はそんな心中を読み取ると、 今にも質問が口を突いてあふれ出しそうなの口元に人差し指を持っていった。


「そんじゃ質問は後で。今のところ聞きたいのはYESかNOだけ
単刀直入に聞くと、元に戻りたいかどうかってことだ」

「元…現実?」

「そゆこと」


威鞘が行き成り真剣になったのも驚きだったが、その質問の内容も驚きで、 は酸欠の金魚のように口をパクパクして、如何答えるべきか考えた。 といっても答え方はYESとNOの二択しかないのだが、どうも今回はその 選択が慎重に出さねばならないものの様な気がする。


「今現在はどうだ?帰りたい?此処に居たい?」

「今だけで良いのか?今更だけどお前は俺の体を借りてるんだよな?
だったら今すぐに決めちまった方が良いだろ」

「うん、ま…そうだなぁ。直ぐに答えてもらった方が俺も嬉しい
でも多分が考えてるのと俺が考えてるのはちょっと違う」


そういって威鞘が横に手を振ると、そこにはとってつけたような ちゃぶ台とお急須と湯のみが現われた。 威鞘はよっこいせ、と言いながらちゃぶ台をと自分の間に持ってくると、 その上の茶をに薦めた。流石に何も出さないのは失礼と思ったのだろうか。

は素直にその茶に口を付けながら、威鞘の話を待つ。しかし当の威鞘は 何から話すのか思案している様子だった。何時話し始めるのか待ちながら見つめていると、 顔を上げた威鞘と目が合った。 幽霊と言っても随分きめ細かく、真っ白な肌。長い睫毛。至近距離になってから 初めて知った部分に、が暫し目を張っていると、威鞘は意地悪く笑んだ。


「肌とか睫毛とか、幽霊ってのは関係ないと思うぞ、クックルプック
いや、が俺に見とれるのが悪いとかじゃないけどな」

「人の脳内を読むなと言ったはずだぜ相棒」

「そんな前のこと忘れぎゃ


久し振りにクリティカルヒットを見せたのチョップは威鞘の脳天丁度にHitした。 とたんに妙な声を上げて患部を押さえにかかる威鞘。 は久し振りの遣り取りに言い知れぬ安心感や懐かしさを感じていたが、 そのときふと思った。今、威鞘は自分の体を借りている。 だったら自分に会う前の威鞘は一体何をしていたのだろうか?ずっとあの神社に居たのだろうか? 会った当初に戦国が懐かしいと言ったあたり、彼は戦国時代からこの世に在しているのだろうか?

飄々とした態度からは大よそ読み取れないその辺の不思議をが感じ始めたとき、 居住まいを正した威鞘は咳払いをひとつしての妙な模索を止めさせると説明を再開した。
狭いちゃぶ台の上で2人、顔を突き合わせる。


「基本的に俺がお前の体を借りている間は逆に俺をに貸すことになる」

「俺は威鞘を借りてるってことか…ふーん、お前女の子だったの?」

「いや、俺は体が無いから力を貸してるんだ。て言ってもほんの一部分だけど。
ほらビルアンドケーキってやつで」

キヴアンドテイクな。ところで俺はどうして女になった?」

「さぁ?そりゃこっちの世界で勝手に決まることだ
クックプププ…偶然女になったんだろ。可哀想にいや可愛いけど

明らかに楽しんでるよなお前……じゃ俺は此処に居る限り女なんだな?」

「いやなのか?いやだよな。ま、そのためにお試し期間っつーのがあるんだ」

「此処に来てから随分経つぞ?お試しならもう始まってるだろ」

「いんや。お試しは俺を貸してから。
乗るか止めるかは、本当は一番最初に聞くんだけどさ
は勘が良いから、俺もちょっと焦ってたんだろな。
だから今朝の夢の中でちゃあんと『俺を貸した』だろ?」

「夢の中…つまりは俺の頬っぺた弄り回したときか
ああいうの止めてくれないか、超キモチ悪いよお前」

「いやぁ、あんまりやわこいほっぺだったから齧り付きたくなったぞ、クッククルップ
も自分のほっぺ触ってみろ?ホントやわこいから」

こんなほっぺに誰がした?こんな体に誰がした?
全く…俺を戦火の元に放った張本人はこれだもんな…」







「…だって、お前がそう望んだじゃないか?」







行き成り2人を取り囲む音がなくなったと思うと、威鞘の声だけがしぃん、と反響した。 異様な雰囲気を感じて威鞘を見れば、彼はを真っ直ぐに見ていた。 たじろいだその瞬間、腕が空かされて体勢を崩しそうになったので元居た位置を見ると さっきまで肘を置いていたちゃぶ台が薄れて透けていた。もちろんその上にあったお急須と湯のみもだ。 急な変化についていけずが戸惑っていると、威鞘もまた薄れかけた自分の 手を見て焦ったようで、小さく舌打ちしてから早口に話し始める。


「簡単に言うと此処に残るなら、今から『お試し期間』が始まるってことさ。
元に戻るのなら全部無かったことになって、は普通の世界を取り戻す。
だから俺はまだの体を借りてないし、向こうの時間も進んでない
ただ、今変わったことはお前が俺の力を得たってことぐらいだ」

「契約が結ばれたって事か?」

「平たく言えば、な。それでどうする?此処に残るか、戻るか」

「残る。まだ朝飯も食べてないし、暴れ足りないし…
あ、知ってるか?ここの女官さんが作る朝飯ってすっげぇ旨いんだぜ」

「うわぁそんな理由で戻らないって言ったヤツ初めて見た」

「お前の被害者は俺だけじゃないのか」

「え?うん、まぁね。(さらっと)じゃ俺もン家の朝ごはん食べてくる

「そうかまだ朝方だったな。俺とお前が会ったの。
あ、俺になったからって変な行動とかすんなよ。日本の法律は厳しいんだぞ」

「じゃあ法律に引っかからない程度に頑張るさ、クックルップ」

「頑張るな」


威鞘はどんどん透けて行く。最後にいたっては威鞘の後ろにある箪笥が透けて見えて、 そこからはみ出ていた着物の帯を仕舞いたいという衝動に駆られたぐらいだった。 消える寸前、威鞘は手を振って『また今度』と言った。が何のことだ、と思うと、 威鞘はまたの思考を読み取って、勝手に返答する。


「お試し期間がおわ、」

「………おわ?」


しかし時間は待ってくれなかったようだ。威鞘は言い終わる前に気化した。
は威鞘の消え去った部屋の中でぽつんと座ったまま黙考し、 ああ成る程、アイツは『お試し期間がおわわゎゎ、お茶が零れちゃうじゃないか』と 言いたかったんだな、と勝手な翻訳をつけた。(もしくはお試し期間が終わったらまた会おう、とか) (え?こっちのが正しいって?)(まさか!そりゃないだろ)

行き成り表れて頭に詰め込みきれないほどの説明をしていった威鞘だったが、それを一つ一つ 噛み砕いて理解していこうとすると、腹の音がそれを妨害した。そうか、朝飯だ。は 仕舞いかけだった布団を今度こそ仕舞い込むと、意気揚々と廊下に出た。 そして遠くの方の曲がり角で女官が悲鳴を上げた後に、なんで座布団が、 と疑問に思う声を聞くと、声を殺して笑った。

こういう人助けも、悪くない。