その時俺が何を考えてたかって?


「う…美しい!謙信さまぁ〜!」


かすがの黄色い声を聞きながら、俺はどうして此処までツイてねぇんだって思ってたのさ。







19 うつくしき戦神







本当に唯、風が吹いただけだと思った。

それほどにあの一閃は素早く、それでいて自然だったのだ。 は突如として3人の前に現われた人間に目を張った。 背に毘の字を背負う、他の武将と比べれば儚いほどに細身のその御仁。 (首もとのポン・デ・リングがとても印象的だった。)


「こんなところにいたのですか、うつくしきつるぎよ」

「謙信様…」


溜息さえ出る程に美しい流れでもって、言葉が紡がれていく。 この人間ほど綺麗に物を言う人間もそうそういないだろう。 軍神はおおよそ凡人では真似の出来ないような素早さで突っ込んできたのにもかかわらず、 息一つ乱さずに太刀をしまうと『うつくしきつるぎ』に話しかけた。

(ぶわぁっ)

その瞬間、かすがは先程までの気丈なくのいちという仮面が音速で剥がれ落ちて 少女漫画に良くある、フェンスの向こう側で、ひとりだけタオルを渡せないでいるような ヒロインの表情に速変わりした。途端に薔薇が咲き乱れて、幸村とは画面左端の方で 無意識のうちに渋い顔をする。
(あの温厚な幸村がそんな顔をした程に、その場のベル薔薇度は凄まじかった)


「けがはありませんか?」

「は、はい!かすり傷一つありません…」

「それはよかった」

「全ては謙信様の御為、怪我など恐れません!」

「ありがたきことです。しかしもっとじぶんをたいせつになさい」

「ああぁ…謙信様…」


(なぁ幸村…)

(う、うむ)


俺達って邪魔者じゃねー…?


「さて、たけだのわかきとらよ」


幸村と「もうやってらんねーよ、他行こう、他」的なノリになり始めた時、 やっと二人の世界から戻った軍神は此方に話を戻した。 行き成り話を振られた幸村は、はっとして顔を上げる。 その際には、まだ幸村が自分の肩に手を回していたことに気付き、そっと離れ ようとしたが強くつかまれていて離れることが出来なかった。 彼なりに警戒しているんだろう。無理もない、相手は自分の尊敬する人物の好敵手なのだから。

警戒心剥き出しの幸村を尻目に、軍神は花の開花するが如くしてフワリと笑んだ。
(その隣からかすがの感嘆の溜息が聞こえる。)


「めでたきこと。そなたにもはんりょができたのですね

「そなたにもは、んりょができたのですね……?」

く、区切るところが違う!謙信様の御言葉を理解せぬなど…!」

「幸村、『そなたにも伴侶が出来たのですね』じゃないのか?」

「おお!そうでござったか、そなたにも伴侶……ん?伴侶?」

「そうそう伴侶…って、伴侶ォォォ!?





ちょ、ま!まま待て!伴侶って!伴侶って!
(By


きっとそのときの幸村ととは同じような表情だったのだろう。 軍神は尚一層微笑みをまして、こくんと頷く。しばし両方とも何も言わないままだったが、 ほんの少し早く覚醒したが頭を振ってそれを否定した。


「ち、違うっつの!誰が伴侶だ!」

「おや、ちがうのですか?」

「絶対違う!断じて違う!全く違う!
おまっ…コイツが伴侶とか、マジで!」


「ふふふじょうだんですよ、ほんきにしないでください」

「(笑顔で言い放ったよこの人!)」

「……」

「ん?どした幸村」

「や、なんというか…」


其処まで否定されると逆にへこみまする。

とはいえないトゥシャシャイボーイ、幸村。
彼にとっては犬のようにしゅんとするのが精一杯だ。
勿論は気付かない。

初めて見た軍神がもの珍しくて仕方が無い。ていうかほんとにひらがなで話している。 (どうして分ったかって?そりゃほら…アレだよ、アレ) 確かにかすがも謙信も敵ではあるが、そこは勝手知ったるキャラの素性。 大体の性格や思考は知っていたし、もう今更『え、これってBASARAのキャラ?』とか いってテンパっているような気概を持っては居ない。


ポンデr……や、上杉謙信」

「わたくしになにか?」

「そのひらがなってさ、話しにくくないのか?
少なくとも俺には出来ねぇ…いや、アンタは似合ってるから良いんだけど」


の間の抜けた声に、謙信はおろかかすがも、そして幸村も呆気に取られた。
ここは戦場である。よって対面している相手は敵。ならば今の会話はあまりに的外れ。

あまり表情を崩さないとばかり思っていた謙信が目を軽く開いたので、もつられて目を見開く。 と謙信の目線が絡んだままという事に一瞬、かすがは僅かなジェラシーを覚えて眉を寄せた。 ハンカチとかそういう布みたいなのがあったなら力の限り噛んでいたに違いない。 しかしその謙信の目元が優しげに緩んだのを見て、決まり悪そうに息を短く一つ溢してそっぽを向いた。


「ふふふ」


行き成り笑い出した軍神に、幸村は更に力を入れての肩を掴む。 それも知らないうちだったのか、はその強さにすこし痛みさえ感じて顔を上げて幸村のほうを見たが、 彼はじっと軍神の方を見ていた。行き成り飛び込み参加するは、伴侶扱いするわ、(某の)と見つめあうわ、 で幸村は尚一層軍神への警戒心を強めたようだ。
(この場合、警戒心というよりは嫉妬心、だが。)





「おもしろいことをいいますね、まりしてんよ」





摩利支天よ。

その直前まで興味津々だったの表情は一瞬にして驚いた顔になった。
頭上から幸村の歯をかみ締める音がする。彼は軍神の底冷えするような興味と模索の視線に なんとなく、辛うじてだが気付いていた。だからを傍から離さない様にしていたのだが、 今回はこの考慮が功を奏したようだ。案の定、軍神は『武田の摩利支天』の話を知っていた。
(それにしても伴侶とは趣味の悪い冗談だ!)(殿…)


「たけだにいくさがみがあらわれたときいたのは ずいぶんとまえのことです」


(なるほど、それなら頷ける…)

話し始める謙信の背を見つめ、かすがはゆっくりと瞳を閉じた。
かすがはが『一般兵』だと言い張ることに少しならず疑問を抱いていた。
夜着を着た一般兵が何処に居るか?いいや、天下を探したって居やしないだろう。
はそれらしい武器を何一つ持っていなかったし、それに加え、あの真田幸村の執拗なまでの過保護振り。 現に今でも傍に寄り添っている。血気盛んなあの虎の若子が謙信に向かっていかないのもおかしい。 その答えは『いくさがみ』という一言で綺麗にまとまる。

本当にそうだとしたら、謙信が危険だ。
しかしかすがは手に持ったクナイを握り締めて、その場に立ち尽くしていた。

摩利支天の話を聞いてからの 謙信の昂揚振りといったら驚くほどだった。 唯、慕い敬愛する人間の気持ちの昂ぶりが少しでもこの場で晴らせられれば良いと思ったのだ。
手は出さない。この命、あの方の剣とともに。


「あなたのことは いまやしらぬにんげんなどいませんよ
ぜひおあいしたいとおもっていたのです」

「えええ、見当違いだよ、上杉サン。俺は唯の一般兵だし、な?かすがー」

「え、あ…ああ。そうだな。お前はそう言っていた」

「おや、はやくもわたくしのうつくしきつるぎをみりょうしましたか
つみつくりなかみですね、ふふふ…


良い感じに電波な人がいるよ、助けてマミー!

ちなみに何を言っても同じような返事しか還ってこないのはもう、慣れっこである。
戦国時代はボケツッコミという漫才の王道の仕組みが出来上がってなかったのだろう。 そうでもない限り、自分の知りうるこの世界はツッコミどころが満載だ。 もはやツッコまないところの方が少ない。ていうか、全部ツッコミだ。 魔王なんて第六武器ハリセンなくせにボケ倒す気だ。 いつまで光秀と一緒に笑い続ける気だ。いつまで光秀に周りをクルクル廻られ続ける気だ。
そんなんだからゴリラが痺れを切らすんだ。(失言)

ええいこの世のキチガイめ!すぐにでも削除してくれる!
(三秒以内…いや、余裕を持って三日以内に!)
(食事の時間や入浴の時間を考えて現実的な日数にしておいた)

…という風にが正義に偏ってしまって最早栄養失調(悪失調?)になるのではないかと 地域住民たちが心配するような現実逃避に走ったとき、迫り来たのは行き成りの圧迫感で。
ふと顔を上げた先には真っ白で何処かのお人形のように美しい目鼻立ちの 花顔。
―――謙信が居た。


「さぁ、たがいにことばをかわしましょう」


その鋭利な太刀は、鈍く光りながらの後ろの幸村の首に当てられていた。
不可視。それといったら完全なる神速である。(技名からも僅かに読み取れるが)
は直ぐ後ろの幸村が小さく声を漏らすのをきいた。そして理解した。幸村は自分を守っていた から咄嗟に行動できなかったのだと。(ていうかだったら守ってもらわなくてもよかったんだが)
(あははそりゃ禁句か、そうだよな)

突きつけられた太刀に恐れることもせず、幸村は軍神に問う。


「この娘をどうするつもりでござろうか」

「なに、おまえがおもっているようなことはしません」

「その言葉、信じてもよろしいか」

「それはおまえのみにあたえられたせんたく。おのれでかんがえなさい
いくさがみをてばなすのか、しばりつけるのか」

殿は戦神などではござらぬ!」

「ほぅ、というのですか」

「な!ち、違う!というのは…犬の名前で!


名前を教えてどうする阿呆の子!シバくぞ!

あ、やっちゃったでござると目を真ん丸にした幸村。佐助のようにテヘとか言ったのなら確実に撲殺しただろうと 思う。しかし此処はオトナに 抑えて、おっちょこちょいの幸村には城に帰ったらジャーマンスープレックスをお見舞いしてやろうと 心に決めた。でもそれと同時に、城に帰れるのかとも思う。至極不吉な考えだが 、詮無いことだ。もしかしたら流れ矢とかが刺さって一瞬でお陀仏かもしれないのだから。

(何か俺、帰りたいなぁ。ボケと突っ込みのバランスの取れた躑躅ヶ崎に)
(ていうかお館様の赤いモジャモジャにダイブしたいなぁ)

遠方から来て姿も見えぬ故郷を思うような、 すこし暗くて悲しい気持ちになってが俯いたのを視界の端に入れた謙信は、 喉もとギリギリに太刀を据えたままでに声をかける。


「あなたのなまえはでよいのですね?」

「あー、そうそう、そうだよ、そうですよ。
って呼んでくれて良いですよ。
というかもう、好きに呼んでくれていいですよ。
今なら『あああああ』とか『かめむし』とかでもいいですよ」

「(投げやり!?)殿!名を明かすのは、」

「おいおい誰だっけな?勝手に名前ばらしたヤツぁ」

「切腹いたしまする」


なまじ顔が見えないから恐ろしい!(幸村談)

の声は笑っているものの、その背中、つまり幸村の正面から立ち昇った 瘴気(と表現するのが一番丁度良いどす黒さ)が有無を言わせずに顔全体に絡みつくような、 三日三晩眠れなくなる程に恐ろしい幻想を見た幸村は音速での言葉の前に屈した。もしあの場でしらばっくれていたら 某はこの六つに割れた腹筋を2,3個持っていかれると思った、と後の彼は語った。
お市もビックリの暗黒術(?)である。

真田幸村、撃破!(ダダン!)


「そうきにやまずとも、わたしはあなたにがいをくわえはしませんよ、

「知ってるよ。アンタはそんな人間じゃないってことぐらい」

「それならば、うえすぎのもとでさらにわたくしのことをしってくれませんか?」

「…はい?」

「あなたならばきっとすぐにうえすぎにもなじめるでしょう
、うえすぎにきなさい。このけんしんのともに」


もしかしなくてもこれってスカウト?引き抜き?

の人生上ではじめてのスカウトをやってのけたのは戦国の名将、上杉謙信であった。
『摩利支天』という言葉にどんな力があるのかは知らないが、同族愛とか言うものだろうか?
それとも戦神がそんなに重要なモノなのか?

とにかく、前例の無い事態には何か言う言葉を捜した。


「えぇと、そうだな、先ずは幸村から刀を退いてくれ」

「あなたがいうのならば、そうしましょう
しかしそれではわたくしのみがあやうくなってしまう
たけだのわかきとらをうしろにさがらせてはくれませんか?」

「わかった。幸村、後ろに下がってくれ」
(くそ、ひらがな読みにくい…!)


刀が退かれた瞬間なんとか反撃に出ようと思った幸村だったが、謙信との両者から下がるよう言われては 何かすることも侭成らない。半ば呻きに似たような声を小さく溢しながらも、一歩、また一歩と下がった。 因みにどうして平仮名と分るかはメルヘンと薔薇色の世界に帰依するので考えるだけ無駄である。


「さぁ、へんじをきかせてください」

「返事、ねぇ。これは冗談じゃなかったのか?」

「ふ…にどもつづけてじょうだんなど、いいませんよ」

「そっか、でも悪いけど俺はアンタにゃ降らないよ」

「なにかりゆうがあるとでも?」

「俺がアンタにどこまで評価されてるかは知らないけどな、俺はそんな大層な神じゃねぇ
鶏の小屋1つ満足に作れやしない、それに最近方向音痴なんじゃないかと思ってたりする。
アンタが自分以外の戦神と話がしたいってンなら夢の中ですればいい、そうだろ?」

「……いいでしょう」


謙信はの返事に何か唱えることもなく、にこりとする。 はその潔さに微妙な違和感を感じ小首を傾げたが、直ぐに僅かなれど笑顔を返した。
だが、反対にその笑顔に悪寒を覚えた幸村が身を乗り出したとき、その足元にクナイが刺さりこんだ。 目の前に線を引く透明の糸を辿ってみれば、かすががこちらに目を張っていた。
幸村の目に焦燥が浮かぶ。


「ならば、ちからずくであなたをつれかえるまで」


それも束の間、 緩く笑んだままの謙信はすらりと長い小豆長光を鞘から引き抜いた。

神という存在はまとまっていない群集にとっては確かな『つなぎ』となるのは解る。 だからこそ世界中には沢山の宗教があってそれを信じ、生きる人はごまんといる。 だが、自分すら神であるとのたまうこの男がどうしてここまで自分に執着するのかが、理解できない。 は謙信のやんごとない口元から出た言葉に半ば眉を顰めた。 このまま逃げることは出来そうに無い、という事実にも。


「え、何?俺とアンタが戦うのか?ここで?」

「はやくちことばでたたかってもいいですよ?」

「いや、あの、負けそうなんでやめときます」

「…では、ついすたーで?あれはおすすめしませんよ」

「アンタは一体何を狙ってるんだ。薦めなくて良いよ!」

「さて…あなたがうえすぎにこないのならば」

「(い、行き成り真剣になった!)」


なんかちょっと変なところで戦おうとした軍神と一般人。
(ツイスターってなんだよツイスターって!この時代に無ぇよ!)


「いま、このちではてるのみ」


ということで謙信が行き成り話をシリアスに引き戻したのでは着いていき損ねてしまって、 真剣になって太刀を持ち直した不思議武将を良い感じの笑顔で見つめた。 ポンデリングから後光が射しているように見えた。 (いや、ここまで自分中心だと逆に清清しいなと思ってさ…)


「分った。そんじゃ手っ取り早く戦うか?」


とにかく今はこのちょっと電波な魔の手から逃れなければならない。 その相手がたとえ戦の名手と言われる上杉の軍神であっても、だ。 だが勝たなくてもいい。スカウト云々の話から逃げられれば良いのだ。 (だって俺は武田にいるって決めたっていうか、流れ的にコレ、武田軍シナリオだろ)


「幸村、コレ預かってろ」

殿……承知仕った」


は袋の中から外套やらを取り出した後、 幸村に着物の入った袋を投げつけると、 自分なりにきつく締めた(だがもうゆるんだ)夜着の帯に手をかけながら、 初めて下にこの服を着ていて良かったと思った。 このままの夜着とか、今放った着物とかだったら物凄く動きにくかったに違いない。 此処に来るまでに着いたドロやその他云々で見る目もなくなってしまった布が体から離れると、 思っていたよりずっと涼しい風が吹き抜ける。なんかこう、目が覚めるようだ。

股下三尺程までを締め上げるようにピッタリと張り付いた漆黒。 膝上数十センチまでに及ぶ長いすねあて。やや申し分に腕に付けられた篭手。 外界の空気を吸うのと同時に上下する胸元は今や白い夜着ではなく、風に揺れふわりと浮かぶ、 佐助のそれを思わせる迷彩の外套に覆われていた。

腿の辺りが世に言う絶対領域スタイルで、はそれが気に食わなかったのだが、実を言うとコレが一番 動きやすい。(でも佐助とかには見せたくない)(あいつ絶対ブルマとか好きだよ)

肩を回すと大きく音が鳴った。そういえば長いこと気を抜いていないような気がする。 まぁ、三河の狸に会ってその直ぐ後に軍神との対面とあっては、気を抜くことは自滅を意味する様でもあるが。 残業を抱えた社員の様な気分だ。これを終えれば直ぐに家に帰れる。 そう思うと俄然やる気が出て来て、少し、鼻を指で擦って笑った。


「準備完了だぜ、上杉サン」

「…では、いきますよ」


恐らくは話し終わってから行動したのだろうが、一般人の目からしてそれは 話しながら攻撃しているように見えた。しかしの目に確りとその動きは捉えられている。
一直線に進んできた一閃をひらりと身をかわして避けると、その一閃の勢いはそのままに こちらに向けられる薙ぎ払い。素早く顔を上に向けるとギリギリのところを刃が掠めていった。

(ちっ、本当に当たってたらどうすんだっつの!)

焦り一つ無く繰り出される太刀は確かに鋭い。的確に避け難いところを突いてくる。 だがは無意識のうちにソレを避けていた。自分でも如何避けるとか、そんな考えは出てこないが 体が勝手に反応する。防御反応とでも言うのだろうか、それはもう随分と前、此処に来て直ぐの時に 異常なまでの数の武田兵を相手にした時の感覚に似ていた。


「わたくしのこうげきをここまでよけきるとは…なかなかやるようですね、

「ん…そだな、甘く見られちゃ困るってコトだよ」

「…!」


跳躍を利用して一気に距離を近づけ、避ける暇も作らずにその細い体に足を繰り出した。 同時に衝撃に緩んだ手の刀を、手刀で力いっぱいに叩き落す。 その後に刀を拾う隙を与えないように浅く蹴り込み、倒れまいと相手の体に力が入った瞬間、戻した足を深く踏み込む。 その際、後ろに飛んで威力を消されたりしないように、ポンデリングを思い切り手前に引っ張った。 (意外に柔らかかった) ほんの僅かな時間でもって何かの演舞のようにして滑らかに放たれたの拳は、綺麗に 中央にヒットしていた。


「くっ」


衝撃にされるがままに謙信はよろめき、数歩だけ下がった。しかし直ぐに体制を取り直し、落としてしまった 太刀をゆくっりと拾う。ここまでゆっくりなのは、が攻撃してこないと分っているからか、それとも 軍神ゆえの自信か。そんなことはどうでもよいが、太刀を掴みなおした後の彼の口元にはゆったりとした笑みが 浮かんでいた。

(何で笑ってんだこの人……あ、頭打ったのか!?ネジが取れたのか?!)

その異様さに一瞬で心配になった。
刀を持っている手前そこまで近づけないが、遠くから話しかけようとする。
しかし謙信はシャキン、と小豆長光を鞘にしまって、少しだけ足早にの方に近づいてきた。


「何だよ、ちょっと、え、あの、上杉サン?」


そして未だ臨戦態勢のの手をそっと掴む。
手を掴むぐらいなら以前、幸村にもされたことはあったが、謙信はその動作が ジェントルメンだ。馴れ馴れしくも無く、軽率でもなく、唯々自然。 でさえ手際のよさに見惚れる程。

しかし紡がれた言葉には拒否反応しか示さなかった。


、あなたはなんと…うつくしい」


ネジィィィ!どこかにネジは落ちてないかァァァ!

ご丁寧にもその後に手の甲にキスのプレゼントまでくれたものだ から、肌には鳥肌が立ち、血流は逆流し、肺は二酸化炭素を取り入れ酸素を排出するようになってしまった。
(つまり棺桶に入りそうになった)(両足突っ込んだ)

思い切り手を引くと、その動作に少し驚きながらも謙信は此方を気遣うような視線を送った。
きにさわりましたか、それはわるいことをしました、とでも言い出しそうな視線に怪訝な顔をする。
ここでつい、いえいえそんなことないですよ、と返しそうになった自分を呪ってやろうと思った。


「あなたのながれるようなうごき、しなやかなからだ、そしてそのまっすぐなまなざし
わたくしはいまだかつてあなたのようなにょしょうにであったためしがありません」

「あーそうか、だから米は輸入しないのか」


他所を向いたままで徹底的に無視を決め込む
(勿論謙信は微笑んだままで話を続ける)


「なぁ上杉サン、いい加減諦めろって。俺はこっち側の人間なの」

「あきらめる?いつわたくしがまけをみとめましたか?」

「お、往生際が悪い…」

「それもあなたをわがうえすぎへつれゆくため、ですがいまは―――」


だから俺は、とが反論しようとした時、謙信は身を翻させて元来た道へ向いた。 突然の行動に呆気に取られる。マヌケな顔で謙信の後姿を見つめていると、ふと振り返った謙信は 宣言するように言った。


「あなたをうちまかしつれていくのは、あきらめましょう
しかし、わたくしがたけだしんげんにうちかったとき、そのときはあなたをむかえにきます
それがいやだというのならば……たけだをいまのまま、しゅごしていてください」

「だから、俺は神様なんかじゃないって…」

「ふふふ、それはあなたのじかくがないだけですよ
、あなたのちからはわたくしが、みをもってたいかんしました」

「あぁ、ソレな。怪我してないか?ゴメンな」

「けがをしていたら、せきにんをとってわがぐんにきてくれますか?」

「いや、それは無ェな。絶対無い」

「では、けがはしていません」(ニコ)

「なんだそれはよかった」(ニコ)


笑顔戦争勃発。
なんとも強かな軍神である。


「そうだ、上杉サン」

「けんしんでかまいませんよ」

いや、上杉サン。どうして俺が摩利支天だって思うんだ?」

「たけだのまりしてんのはなしは よにひろまっているといったでしょう?」

「うん、そうだけどさ」

「とくちょうとして『みょうなみなりをしている』とあったのです
このいくさばであのようなかっこうをしているのはあなただけでしたからね」

「でもそれは仕方なかったんだよ。あーあ、運悪いなぁ俺」

「そうですか?わたくしはあなたにあえてこううんでしたよ
それでもふうんだというのならば、これよりさきはあのようなかっこうをしないことですね」

「うん。そうする」(=佐助に言って聞かせる)

「しかし、わたくしならばあなたがどのようであれ、みつけだしてみせますよ」

「……な」


新宿のホストだ!クールビューティー系ホストが居る!
(そんな事言っても絶対ドンペリとか頼まないからな!)
(やっぱ駄目だ!ちょ、ドンペリ10本ー!)


不意を突かれた表情のにニッコリと微笑むと、謙信は今度こそ振り向かずに去っていった。 もともと敵兵の居ないところだったので野原に白が映え、よく目立つ。 こうしてみると本当に何か尊い人(神?)のようにさえ見えた。あの隣に立つかすが、うつくしきつるぎ、金糸の美女。 『軍神・美神』と称されるのはきっと当然だろう。今回は色々あってあの二人の息の合った戦いを 見ることは出来なかったが、どうかこれからもそれを見ることが無いように、と願うばかりである。
(あの似非ホスト軍神にも出会わないことを願う)( マ ジ で )



















「幸村何やってんだ!それにかすがも!上杉サンもう行ってるぞ!」

「何っそれは本当か!ならば直ぐに行かねば!
あぁっ…謙信様〜!かすがが今参りますっ」


走り去っていくかすがの後姿に手を振ってから幸村に事情を聞いた。
幸村はの服装に恥ずかしがって首を極端に曲げていたので気味が悪かった。
あと預けておいた袋を首からぶら下げていたのでちょっと頭おかしいんじゃないかなと思った。

それによると、幸村の足元にクナイが刺さりこんだあと少々戦ったが、途中から自分の上司(勿論幸村は信玄、かすがは謙信) の自慢になっていき、最終的にはそれが題目となって、 今の今まで地面に木の棒で素敵なところを書き競い合っていたらしい。道理で静かだったわけだ。

その壮絶さを物語るように、彼の居る地面は文字で一杯になっていて、近くに在った木には枝が殆ど無い。 しかし宝物でも掘り当てたかのようなテンションの幸村を目の前にしては、何か言う気も無くなった。その代わり、 よくやったな、と頭を撫でると直ぐに頬が赤くなった。


可愛いから地面に書いてあった『くろいだんご』という言葉には突っ込まないでやろう。


すこし経てば、佐助もカラスに掴まって返ってきた。
案の定の服を見て可愛い可愛い食べちゃいたいを連呼し強烈な一撃をお見舞いされたが、 目立つ傷どころか外傷が殆ど無いのには内心安心した。

目の前に見えるあの坂を上がる頃には、信玄たちと合流するだろうとのことだ。


殿!軍神との一騎打ちは一体どうなったので?」

「俺様も聞きたいー!その服着て戦ったんだよね!」

「その話?えぇと……なんつーか。」








「く、口説かれた」

ゴォッ











俺は多分、この時笑顔の2人から出てきた邪悪なオーラを一生忘れないと思う。