拝啓殿、佐助。

只今某、移動中でござる。此度は上杉の軍神殿とお館様が念願の一騎打ちを演出するとか しないとかで、お館様と勘助殿、それから山県殿が話をされておったが某は呼ばれなんだ。 悲しゅうござる!なんでござろうかこの孤独な感じは。ひとつだけ残った団子の様でござる。 団子といえばアレ、佐助が買ってきた団子は大事に取っておいた所為で傷んでしまった。殿が下さった 団子も無論、同じ道を辿り申した。これぞ無常でござる。某は良い体験をした!

なんと言っても腐って真っ黒な団子を始めて見たのだ!

…ぬ?あれに見えるは殿、と佐助?殿の逃げ様からするに鬼事か。 楽しそうでござるなぁ、戦が終わったら某も混ぜてもらおう。







18 戦場に舞う剣







上記(↑)の様にのんびりと構えていた幸村だったが、徐々に達が近づいてくるにつれて 彼の表情は硬くなっていった。それはが必死の形相、佐助が得物を追い詰める狼の様な目 (顔は笑顔であった)で貞操の鬼ごっこをしていた為でもあったのだが、大体の原因は 他にあった。

先ほど肩まで下げられたのを力任せに上に上げた所為で上の夜着はぐちゃぐちゃに着こなされ、 所々から覗く下地。しかも走り続けてきたのか、汗がじわりと浮かんだ肌には その白い布が露出部の腕や腿に薄く張り付く。思わず以前、が鍛練をしていて汗でぐっしょりになっていた時の姿を 思い浮かべてしまい、 硬い表情のままの幸村は走り来るたちを凝視しながら自分の頬に鉄拳をめり込ませた。 (おのれ消え去れぇい!煩悩!)


殿っ」


殴った頬を赤くしながら幸村は到達したの元へ走り寄った。 尾があったのなら遠慮がちに振られているだろう。 先ほどまで鬼の様な気迫を放っていた虎の若子から、この変貌ぶりには ちらほら居る上杉軍の兵士達も驚きを隠せずに指を射しながらあれこれ話している。 (お、おいあれ本当に真田幸村だよな…?とか)

だがそこに真田十勇士の姿まで確認したものだから、早く伝令しなくてはと皆散り散りになっていった。 本音を言うと流石にあの有名な武田の部下、虎の若子とその優秀な部下には有体な人数では敵う筈が無いと 思ったからなのだが。


「そのように着崩しては風邪をひきまする」

「でも暑いし、それにもう脱いじゃえって佐助も言うし」

「しかし、えぇとその…ま、万が一ということがござる!」

「万が一?俺があの服になったら何かマズイのか?」

「旦那ったらちゃんの忍服見ると我慢できなくなるからって」(ぼそ)

「佐助よ。戦が終わり次第鍛練所に来い?」

「ンなーんてね☆風邪ひくから着てたほうがいいよ!」
(風船配ってる着ぐるみのようなモーションで)


ダダン!(テロップ発生音)

『恥』ゲージ限界値突破、幸村の突然変異発生!
後ろのほうで佐助の台詞「減俸だけは勘弁してくださいマジで」が聞こえた。
(俺は今日になって初めて上下関係というものを痛感した気がする)



















「これでいいのか?ったく…疲れる。着物っつーのは厄介だ
あとこの靴?草履?俺、一度しか履いた事なかったから違和感がすげぇぜ」

「それは申し訳ござらぬが、ようやっと殿の貞操が守れそうでござる」

「あれ?なんだか幻聴が聞こえるぞー?」


は白かったのに所々茶色の跳ねてしまった夜着の帯を思い切り締めて、いつもの着物のように きっちりと着込んだ。 ついでに袋に入れて持ってきていた忍服の装備のうち、足に装備するものを草履の代わりに履いた。 物凄く不恰好ではあるが、夜着が長いのでそう気にならない。 その際、佐助が同じように袋の中にはいったあの服、三河に行く時に着ていた服を着たら 良いのではないかと提案したけれど、は柚木たちが一生懸命選んだ服だから、とそれを拒否した。 (幸村と佐助はの言葉に好感度を20UPさせた)(何ゲーだ)
必死に固く巻いたつもりなのにまだ腹の呼吸が楽な辺り、柚木達の帯を巻く力が凄まじいのだと 再度思わされることである。

話を聞くに幸村は今、自分の配属されたところまで向かっていたところだったらしい。 途中に何度か上杉兵と多勢に無勢な戦いはしたものの、全く怪我はしておらぬ、 これからの戦にはなんの差し障りも無うござる、と幸村は自慢げに語った。

因みに今、と佐助と幸村は閑散とした一本道を歩いていた。どうして此処まで敵や味方が 居ないのかというと、佐助が木の上から人の居ない道を探してくれたからだ。 更にどうして『人の居ない道』なのかと言うと、幸村がそうするといって聞かなかったからだ。 しかしは幸村がどうしてそんなことを言うのか薄っすらと解り始めていた。 幸村がを警護するようにして歩いているからである。

助けれくれよ、と視線を投げた先の佐助は、何らかのジェスチャーをした。 よく解らなかったが、どうも『旦那様をこれ以上怒らせたら減給ですので彼の一部下の私にその話題を 振るのはご遠慮ください』という事らしい。は腹癒せ交じりに足を振り上げて 後ろについてくる佐助の弁慶の泣き所にヒットさせた。 (子安声の小さな悲鳴が聞こえた)


「幸村よぉ」

「なんでござろう」

「俺達何処に向かってるんだ?」

殿を本陣に護送中でござる」

「だから戦わないのか?」

殿を守るのに余所見など!」

「おいおい、そんなのは好きな子に言ってやれって!」

すきゅっ!好きな女子など居らぬ!」

「(噛んだ…)」


しかし今を本陣に護衛中というのなら、幸村の任せられた区画は一体どうなっているのだろう。 幸村のことだ、そういった配慮はしていないのだろうと思って一応聞いてみると案の定なんの措置も取られて 居なかったことが発覚した。


「仕方無ぇな。旦那、俺が行って来ましょ」


どうしようか、と立ち止まったところで直ぐにその役を買って出たのは佐助だった。 戦力としてハッキリしているのが佐助と幸村の二名しかいないのだから、 その結果になるのは極々予想されるのだが、佐助が直ぐ名乗り出たのは前後から言って当然だろう。
当然の事だが今の彼の脳内には減俸回避の四文字しかない。

佐助がに着物の入った袋を託してタンポポの綿毛のようにしてカラスで飛んでいくのを見ていたい気もしたが、 どうもそこまで揺ったりしていて良い様ではなかったので、は空から幸村へとアングルを移したのだが、 そこであることを思いつく。


「な、幸村。お前も佐助と一緒に行けばいいんじゃないのか?」


佐助曰くこの道は一本道で、小道に入らず真っ直ぐ行けば直ぐに 本陣に着くらしいのだ。だったらもうロンリーなぐらい人が居ないことだし、1人でも全然差し支えは無い ではないか。それには今夜着を羽織っているし、万が一にも兵士だと間違われることは無いだろう。 別の意味で襲われそうになっても、武将の着る具足は大抵数十キロ。逃げ切れないわけが無い。

しかし幸村はかぶりを振って言う。
その表情といったら真剣そのものでも少し息を呑んだ。


「それだけはならぬ!お館様の娘となった殿を守らずしてどうしてお館様をお守りできるのだ。 それに万に一なかろうとも、」

「あ、お館様が空から降ってきてるぞ幸村」

「何ィ!それは何処でござるか殿!まずい、某も空から降らねば!」

それは個人の意志で出来るものなのか?ほら、あっちだよあっち」


が指を射した先の空にはお館様どころか雲ひとつない。 もう着地しておられるのか、と馬鹿正直に見回す幸村。そして姿が見受けられなければ 額に武田家の紋が浮かんでいないか確かめる ちょっぴりマイナーな幸村。

そこでやっとの姿が無くなっている事に気付く。
此方を指差しながら言う、その距離ざっと10M。





殿!いつの間に?!」

「ぬははははは!馬・鹿・め・ぐぁ!まんまと策に嵌りおって!
佐助を向こうに行かせたのも其処の花が黄色いのも我が策よ!
そこで長座体前屈でもしながら己の非力を悲観するが良いわふははは!」

殿!?」





某性悪軍師の代名詞とも言える台詞をえらくそっくりに言う

幾ら衣類の入った袋を振り回しながらだといっても、 忍服に夜着という軽装備であるの逃げ足といったらそれはもう素晴らしいもので、幸村は 確実に開いていく距離に焦り、後を追って走り出す。 充分に速い。流石は具足も少ない上半身半裸キャラクターなのだが、やはり武器を持っていない分、 の方が速かった。


「くっ……、殿ッ!」


幸村は二槍を持ったまま小さくなったの背中に手を伸ばした。そしてきつく掴む。この戦の相棒以外、何も手の中には無いことなど承知の上だ。 某が目を離した隙に脱走を謀られてしまった!… とまるでを囚人扱いだが本人は全く気にしていない様子だ。全速力で走る都合上、 途切れ途切れな声でに叫びかける。


「ちょうざ、たいぜんくつって、何でござる、か殿ぉぉぉぉぉ!」


そっちかよ!そっち系の絶叫かよ!

武田軍で有名な虎の若子は凡人と物事の捉え方において相違点があるようだ。
(少なくとも、はそう思った)


「幸村、お前ってヤツはもう少しあた


逃げ続けながら声を耳に入れたは足を止めて幸村を振り返ったので、 進行方向上に居る人物に気付くのは全くもって不可能なことであった。 よってまた追いかけてきた幸村から逃げ切ろうと前を向いたとき、直ぐ目の前に存在していた モノに衝突してしまう。小さく後ろにもんどりうって後ろに自分を呼ぶ声を聞きながら、は その物体Xの姿を確認しようと顔を上げる。


「ってー…なんだよ」


その頃にはもう幸村はに追いついていた。しかし何も言わずにそのまま走りの元に寄ると 有無も言わせずの肩をそっと掴んで自分の方に引き寄せた。普段は恥ずかしがってしないような 行動をしたことには少し怪訝に思ったけれど、目の前を見てやっと納得がいった。

ぴったりとスレンダーボディを包み、日を浴びるそれは漆黒に染まっていた。





「行き成り走ってきたと思えば、貴様、真田幸村か」

「お主は上杉の…」

「誰であれ謙信様の敵に容赦はしない!覚悟!」





強い語調でそう言うと、身を低重心に構える。 構えたクナイは佐助のものとはまた一味違う女らしい流線を描き、蜂蜜色の髪がさらさらと 乾いた風に掬われ、流れた。 その一つ一つが何かの芸術作品のようにして存在している。

成る程、流石は―――『うつくしきつるぎ』、かすが。

随分と切れ味の良さそうなクナイを前に、は全くの丸腰だ。 それなのにかすがはその明らかな殺気を押しとめようともしない。 はどうしていいのか分らずに眉根を寄せて幸村の方を見た。 幸村はそんなの様子に気付くと少し困惑したような、 子をあやす様な表情になっての頭に手を乗せた。
(何故だか分らないが今回は落ち着いた)

の頭を撫でた手はそのまま、幸村は前を向く。



「上杉の忍…退け、今某に戦う気は無い」

「謙信様のため!退くものか、貴様の都合など関係ない!
……そこの娘、その男から離れろ。死にたくなければ。」

「や、無理だよ。俺武田軍だし」

「…な、なんだと?」


の返答を聞くなり、かすがは行き成りポカンとした表情になる。 そしてどうやら幸村のほうに視線を向けたようだ。 その視線に反応してか、背後で幸村の『…うむ』と同意するような声が聞こえて、 が両者を見遣っていると、思いあぐねた様な表情でかすががに言う。


「お前が武田軍、なのか?何をしている?戦にでるのか?」

「おう、武田軍だぜ。何してるって……何だっけ、幸村」

「そうでござるなぁ、佐助の話し相手でござろうか」

「ま!そんなトコだよ。たまに戦にでるかも」

「猿飛の…」


間もなく信じられないと言う表情が彼女の端整な顔の上に浮かび上がった。
かすがは戦う意欲を無くして仕方無しにクナイを下げると 、それでも一応距離は保ったままで心配そうにに言う。


「お前の様な年端も行かぬような娘が、猿飛の相手をしているのか?

話し相手ならな。でも敬語も使わねぇし楽なもんだぜ」

「ならば武田の武将か?女が武将など、聞いたことも無い…が」

「武将なんて格好いいモンでもないよ。ていうか俺、農民上がりだし」


殿、農民とは…)
(いいんだよ、このまま俺に合わせろ)
(う、うむ。解り申した)


は本当のことを言わなかった。口早に嘘をついたのは 幸村が本当の事を言ってしまうのを恐れたからでもあるが、 自身が、諸大名に名を広めるのを良しとしなかったからだ。 そうでなくとも一度は浜松城に足を踏み入れたのだから、もしかすると 『曼珠』は武田の偵察であった、と知れてしまうかもしれない。

名前程度なら差し障りは無いだろうが、もしが此処で素性を語ったのを契機に 何か良くないことでも起ころうものならはその火付け役となってしまう。 居候の身であるのに、そんな疫病神紛いの事を仕出かすのは恩を仇で返すようなものなのだ。


「農民…そうか、お前もそれで此処に居るのか
だが、ならばなぜそのような格好なんだ」

「ああ、これか、これは寝坊したんだ。

「ね、寝坊か。随分悠長だな」

「まぁ、それでも結局は俺も武田軍、アンタの敵だ…戦うか?」

殿!無茶をなされるな」

「えーなんでだよ!いいじゃんお前の槍ぐらい貸してくれても」

「安心しろ武田の若虎。私はそのとやらを殺す気は無い……それより」


かすがは達と出会って恐らく最初になる笑顔らしきものを浮べた。 は戦ってもいいかなと思っていたのだが、どうやら戦闘は回避できてしまったようだ。 恐らく、以前から佐助に言い寄られているかすがからすると、 は同じ悩みを持っているように見えたのだろう。

その証拠に、かすがは至極真剣な表情でに問うた。


「猿飛に何かされていないか?大丈夫か?
夜はちゃんと寝ているか?持ち物はなくなっていないか?
ああ、それからお前はあいつの話し相手をしているんだったな
気をつけろ。いいか、何かあったときにはもう遅いんだ」







・・・・・・




「え…まぁ、今のところは多分、何も…
充分気を付けてるし、大丈夫だと、思うぜ」

「そうか、よかった」


かすがは佐助を何かの病原菌と勘違いしているんじゃなかろうか。

に何の被害もないと解るなり緊張は解かれたようで、かすがは片手を胸に当てて息を吐いた。 すでに距離も随分と近くなっていたし、この状態で遣りあうなんてことは無いだろうが、 話からあぶれた幸村だけが少し微妙な表情で目の前の2人を見守っていた。 (佐助…お前は一体このくのいちに何をしたのだ…!)

そんな微妙なキモチの幸村の手に引き寄せられたままではふと思い出す。


「でもまぁ、佐助は少しお触りが過ぎる時があるよな」

「お前もそう思うか?私も常々そう思っていた。アイツは度が過ぎている。
とか言ったな、私はかすが。お前とは一度2人きりで話してみたいものだ」

「それはならぬ。密室で2人きりなど!密室で2人きりなど!破廉恥である!」

「それを俺と一緒に寝てるお前が言うなっつの。あと二回も言わんで良いぞ

…お前はもしや真田幸村の相手もして…」(よよよ)

断じて違う!ったくお前の所為で勘違いされただろ!馬鹿!」

殿は某を寝かすのが上手な方でござってな、かすが殿」

「お前を寝かす…?」

「それは遠まわしに死にたいと言ってるのか幸村?」

「…というのは全てまるっきり誤解でござる」


なんだ勘違いか、と天然丸出して言うかすが。笑顔が引き攣ったままで肩に掛かった幸村の手の甲 を抓る。ちょっと残念そうな幸村。(しかし拳の痛みはそこまで痛そうではない) (日々の殴り合いの成果だろう)その雰囲気は最初とは全く姿を変えてしまっている。 は内心、ここにかすがだけが居たことに感謝した。以前体験してわかったのだが、 一般兵は此方の話を聞かない。どうも一途というか、直線的というか。足を止めて話を 聞こうともしない彼等が此処に居合わせたのなら、かすがもそれに呑まれて、 直接戦闘にもっていかれたことだろう。

そしてそんな柔らかな雰囲気の中























「――――――神、斬」


一陣の神風が吹き抜けた。