あるぅひー
森のなーかァー
ただかーつーにィー
であーったー
普通のもーり−のォーみーちー
ただかァーつーにーでーあーったー

ただかーつーのォー
言うこーとーにゃあー
『…!…!…!』(+機械音)
俺につーいーてェーこーいー
背中がーそーうーかァーたーるー


…ということで今俺は城の前まで来ちまったってわけだ。







16 メルヒェン機械







あの盗賊でストレス解消した時、不意打ちをされそうになる俺を庇ったのは 戦国一と名高き猛将、三河の過ぎたるもの、本多忠勝だった。 茶塗りの本体(?)に反射した光が俺の目を射抜く。それでも 俺はとにかく瞬きするわけにはいかなかった。 出来なかったと言ったって良い。

本多忠勝の力はすでに実証済みだ。 前田の裸の大将で向かっていったときに瞬殺されたのを覚えている。 蝮の娘で逃げ遅れたのを覚えている。烈火がまるで効かなかったのを覚えている。 逆に、弓を弾き返したのを覚えている。 どちらかと言うとアムロ行きますの系統なんじゃないかなと思ったのを覚えている。

マジでむちゃくちゃ強ぇ。俺なんかアレだ、一瞬でゲームオーバーだ。 防御形態で体当たりされただけで骨折だ。 これが攻撃形態になった日にゃあ俺はもう形を成してないね、絶対。 風と一緒になってこの地球を、そして貴方の周りを廻っています……ってまるで遺書だ。


「……!!…」


俺の独白が終わるか終わらないかのところで本多忠勝(以下ホンダム)はバッタリと倒れた 頭目を掴み、肩にかけた。そりゃあもう銭湯のタオルみたいにして軽く、ひらっと。 ちゃんとした成人男性があそこまで軽く見えるのはこの人(ていうことにしておく。一応) がちょっとアレだからだろうな。
俺見たもん、ホンダム専用のアイテム。

そのままホンダムは俺に背を向けたままで歩き出した。 きっとあの肩に乗った男は俗に言う『ひっ捕えられた』状態なんだろう。 俺が言えた義理でもないが、可哀想に。だって自動で動く鉄に乗ってんだもん。城まで動いてんだもん。 (そのまえにホンダムだし、な。)


「……で、俺はどうしたらいいんだ?」


そこで出てくるのは俺の行動だ。

俺は如何したら良いだろうか?ホンダムが止めに入ったのは俺達の闘争の一部始終を見ていたからに違いない。 だったら俺はもう唯のか弱い町娘では無くなっている筈だ。いまさら『危ないところを助かりました』 なんてのは愚の骨頂だな。ていうか危なくなかったし。どちらかと言うと、邪魔されたし。

このまま佐助を探していいものだろうか。恐らくホンダムは此処で見たことを城主、徳川家康に (どう伝えるかは置いといて)伝える。そうして俺がその場に居なければなんの言いつくろいも出来ない。 そうなると密偵という答えに行き着くのは時間の問題、だな。

だったらどうにかして付いていかないと…


ギュイー、ガコン


少し遠くから聞こえた音が、俺の思考回路を遮った。 あんな音を無機質な森で立てられるのはどれだけ探したって世に1人、 言わなくても解ると思うがホンダムだ。(←言った) しかし今と言い先刻と言いアイツはどれだけ俺の邪魔をすれば気が済むんだろうか? 少しは考えさせてくれよ。 お前は年上の兄弟に遊んでとせがむ弟(幼稚園年長さん)か!

えーっと、どこまで考えてたっけ。
なんとかして付いてって…


ガシャン、プシュー

「……で、俺が城に行、」

ガッシャーン、キュルルルル…

「………」


悪意の篭った悪戯だな、ホンダム…!

(多分俺1人が痛いだけだけど)一発食らわせないと気が済まねぇぞコレは。 お兄さんはもう怒ったよ。怒り心頭だよ。 俺はな、意味もなく故意に邪魔されんのが一番嫌いなんだよ。だからあの山賊と 一緒に居た時も腹立たしかったし、幸村が毎朝トイレの前で立ったまま寝てる のについてはもう爆発寸前だ。毎朝トイレの前で立ち往生である意味戦場だ。


「おのれホンダム。こうなったら一矢報いて……」


ホンダムに一蹴りいれてから佐助を探そうとした俺の声帯は見事にストップした。 別に俺が話す前にホンダムが俺にトドメを刺したとか言うわけでもない。 はたまたホンダムの電源が切れてしまったわけでもない。(あ、電源て言っちまった) ホンダムの見せる奇妙な行動が少し目に入っただけだ。








「…!」(チラッ)

ギューン

「……!!…!」(チラッ)

シュー、ギギギ…

「!……!!…」(チラッ)

ギュギュィーン








「…」

ち、畜生!可愛いだと!?

少し進んでは、盛大な音を立てながら俺の方を振り返る。
そして少しまた進む。そしてまた、音を立てながら振り返る。

音は大きすぎるようであれ、ホンダムの行動は正に飼い主を気にする子猫のように、俺には見えた のである。 え?勘違い?ライオン?いや本当に子猫なんだってば。凄いぜこのギャップは。 あの茶色の巨体からあの可愛い小動物的行動はつまり、不良だと思ってたら大学教授だぜ。 (意味不明)


「ついて行けばいいんですか?」

「…!…!…!」

プシュー


その通り!といわんばかりの白煙が昇る。

…いや、やっぱり刺された。トドメ刺された。精神的に深いトコ刺された。 こんな可愛いホンダム(以下忠勝にゃん)を放って置けるわけが無いだろ。 動物愛護団体に訴えられるぜ。俺はついてくよ忠勝にゃん!そんなにキレイな瞳をした忠勝にゃんが俺を 罰するわけが無いものな。 ま、あんまし目とか見えないけど!


荷物を持って忠勝にゃんについていく俺。
そして、冒頭に戻るのであった。
(背中が語ってたってワケでも無ぇな!)



















三河浜松城。その門の前に立っていたかと思うと、直ぐに中へ通され、待っているうちには 茶も出た。忠勝が何を伝えたのかはには定かではなかったが、そう悪く言われては居ないようだ。 案内された部屋に座って少し経つと、また女官がやってきて、を案内する。 何処に行くのだと聞いてみると、驚いたことに女官は『殿が御会いしたいとの仰せでございます』 と返答した。


「それでおめーが、その山賊を撃退したって事か!」

「本多様が助けてくださったお蔭です」

「ははは!面白い女子だ、聞いたか直政!」


隣に控えた青年もまた少しだけ笑みを浮べたまま、返事をする。

上機嫌に笑う青年は徳川家康。幼くは見えても徳川を一つにまとめる総大将だ。 しかし今はあどけない笑みを側近に向けている。アットホームだとは解っていたものの、随分と守りの薄い 軍だ。町娘如きが一日も待つことなく城主に会えるなんて思っても見なかったは、ボーっとしすぎて 家康が言った『面を上げよ』の声に送れて反応した。


「ンなに気を張る必要もねぇ。ワシはおめーに感謝しとるんだ」


遅れて反応したことが怯えていると見て取れたのか、家康は上座から身を乗り出すとの肩に手を置いた。 目のあったに子供っぽい笑みを向ける。はその笑みの中に自軍の総大将を見た気がして、 敵地に置きながら少しだけ安心した。


「最近、山賊の被害が多くて町の近郊が不安定になっておってな
いや、おめーが懲らしめてくれて助かった!礼を言おう」

「家康様に礼を頂くなんて、恐れ多いですよ」

「このワシから礼を受けたと胸を張ればよいだろ?凄いことだぞ
…ところで、名はなんと言う?呼びづらくて適わん」

「名ですか?」


正直、敵地の城に入り込むなんて考えても見ない事態である。 佐助であっても此処まで正面から向かっていくことなどしないだろう。 しかも今回はあくまで城下での情報収集。 純粋に、どうした?と首をかしげる家康から少しだけ視線を投げる。

そんな折、襖に書かれた彼岸花が目に入った。

(たしか曼珠沙華とかいったような…)


「曼珠。曼珠と申します」

「まんじゅ?仏道のような響きのする名だな、良い名だ
ここらでは聞いたことの無い名だが、何処かから来たのか?」

「旅をしているんです。」

「はぁ!旅か。女一人身では危なかったろう」

「ですから、連れと共に旅をしているんです。
私は女ですが、連れに色々と教わり護身術を身に着けています。
そして今日、連れとはぐれてしまった時に運悪く。」

「はは!結局運が悪かったのは山賊等だったってことか!
大儀であった曼珠には何か褒美をやりたいんだが…何が欲しい?」

「家康様に御会いできただけで、他には何も要りませんよ」


(早く解放しろ狸がァァ!煮て、焼いて、食ってしまうぞ!)

だがそんなことが言えるはずも無く。は苦笑気味にそう返した。 家康はの返事を聞き、ポカーンと拍子抜けの顔をした後、 いかんいかん、と頭を振って一度咳払いをする。 その様子を見た側近の井伊直政は不思議そうに自分の殿を見遣ったけれど 、その直後にもう出てよい、と言われたのでしぶしぶ退出していった。


「曼珠よ。おめーは日の本を歩いて廻ったんだろう?
だったら今日は此処に泊まって、ワシに何か話をしてくれ!」

「(えぇえぇえー…)…はぁ、」

「連れの事か?何とかして探させよう。特徴はどんなだ?」

「(言える訳が無ぇ…)いいえ、アレとは少し先の歌枕で会えると思います」

「そうか。それじゃあ他になにか不満でもあるのか?浮かん顔をしているぞ」

「私の様な娘が浜松城に足を踏み入れるだけでも末恐ろしいことなのに、
それで家康様御自ら泊亭するように仰ったので。いいのかなぁ、と。」

「ワシは曼珠の話が聞きたい、夜が明けるほど!理由はそれで充分だ!」


さぁて、部屋を準備せんとな!と意気揚々として立ち上がった家康は 燻る意見はそのままに部屋を後にした。入れ替わりに入ってきた女官は人の良い笑みを浮べて を部屋へと案内してくれる。しかし案内された部屋はそこらの娘に与えられるようなそれではなく、 たかが山賊一団を破壊した程度で受ける恩賞でないことには戸惑った。 (めちゃくちゃ広い…)

荷物を置き、座布団の上に胡坐を掻いて考える。佐助が心配だ。 最初の茶屋は忠勝と一緒に居た所為で待つことも出来ずに素通りしたし、 このあともそこで待つことなど出来ないだろう。だとしたら佐助はどこに行けばよいのだろう。 自分がこの城から出て行く一日後まで、この周辺に待っていてくれるのだろうか。 待っているとしても、一体何処にいるのだろう。廃屋の中だとかなら、可哀想で仕方が無いのだが。


ちゃーん」

「あー…なんだようるせぇな、一人にしてくれよ。俺今反抗期なんだ」

「(反抗…?)ちゃん?ちょっとー?俺様だよー?」

「オレサマ?もしかしてそれヨン様の真似か?やめとけ絶対負けるから。
それに俺の知り合いに『おれさま』なんてヤツぁ……ってお前ムグー!

「あははー、静粛に、静粛に」


無意識でノリツッコミをしそうになったの口を押さえたのは賢明な判断だった。 もしや、と思って見遣った天井は案の定、天井板が一枚外されている。 音も無く降りてくるとは流石は忍。ていうか田舎にいる蜘蛛みたいだ。 佐助は驚愕したの表情を見て愉快そうに、だって忍だもん、何だってアリだよ、と笑んだ。


※以下は全て小声。


「来てたのか、つか入って来れたのか」

「うん。ちょっとした裏道から入ってきたよ」

「まぁ…よかった。佐助が無事で」

「俺様もちゃんが無事でよかった。
本多忠勝に連れてかれたなんて聞いたからさ」

「忠勝にゃんは可愛いだけで、俺には何もしてこなかったぞ」

いや何その忠勝にゃんて!名前だけ聞くと凄い可愛いんだけど!」

「忠勝にゃんは忠勝にゃんだ。じゃお前も佐助にゃんて呼んでやろうか?」

「マジでお願いします!呼んでください!」

「誰か医者を呼んできてくれ!出来るだけヤブな医者を!」





「どなたか居られるのですか?」

「!!」





声をかけると同時に開いた障子。その急な事態に 正座になりながら、佐助に下がれという暇も無かった訳だが、障子を開いて入ってきた女官の表情からするに佐助の姿は 確認されなかったようだ。不思議がるその表情に触発されたようにして部屋を見回してみれば、 佐助の姿はおろか天井板すら元通りだった。

それでも女官は不思議そうに言う。


「どなたかとお話されておられるようでございましたが」

「い、いえ、敬語の練習を。殿の御前など、慣れていないもので。」

「そうでございましたか。良い心がけでございますね」


今度こそ納得したのだろうか。それとも納得しきってないのか。 どちらとも取れるような笑顔を浮べたまま、その女官は部屋から出て、戸を閉めた。 足音が遠ざかって消えたぐらいになってから、また部屋の中に気配が戻る。 佐助が天井裏から顔をのぞかせていた。 素晴らしいと言うに充分な早業だった。成る程忍は何でもアリである。 賞賛でもしようと思って佐助のほうを見ただったのだが、次は佐助の表情に疑問符を浮べた。


ちゃん。今の女官、くのいちだよ。すこしだけど生臭い血の臭いがした。
それに客人の部屋に行き成り入ってくるような女官なんてまず居ないでしょ。
こっちには気付いてないみたいだったけどね」


確かに少し変だとは思った。 容赦も無く部屋に上がってくるようなことは、躑躅ヶ崎の館に居る新米の女官でさえしない行動だ。 しかも入るなり此方には見向きもせずに周辺ばかりを見回していた。 佐助の意見を聞いてやっと辻褄が合う。あの女官はくのいちだったのだ、と。


「って言うことは、俺は警戒されてるのか?」

「まぁ…そういうことだろうね。家康公はそうでもなかったみたいだけど」

「は?」


言うなり行き成り機嫌の悪くなった佐助。
はその意味が全く解らなくて間抜けな相槌しか打てない。


ちゃんを泊めるって決めてから外に出たとき、凄く浮かれてたよ、あの人」

「それでどうしてお前が腹を立てるんだ。
いいだろ、狸の一匹や二匹が浮かれてたって」

「そうかもしれないけどさ…絶対に今晩は1人で眠るんだよ?危ないから!」

お前の思考のがよっぽど危ねぇな。
話が聞きたいだけだろうよ、そんなに気にすんなって」

「気にする。するなって言われるともっと気にする。だって心配じゃん?」

「佐助、そこまで……じゃあ死ぬか?いっそ死んでみようか?

「そんな簡単に!?」


いい加減佐助がウザくなってきたはいい加減に話を終わらせると思い切り背伸びをした。 手篭めにされても知らないからね!といじける佐助。自分に会ったばかりの諸大名をメロメロにするような、 それこそクレオパトラの様な魅力はないと思うし、あの子供の様な家康だ、たといそうなっても恥ずかしがって 何も出来まい。は考えすぎると禿げるぜ?と佐助の頭に手を埋めた。


「俺思ったんだけどさ、ここで情報収集ってのも悪くないよな?佐助」

「そだね。ちゃんが此処に来てるおかげで心なしか他への警備も薄くなってるし、 俺様が塀を越えてきたときも誰にも気付かれなかったし」

「そうだろ?だったら佐助は普通に隠密行動をして情報収集すればいい。
勿論この城で。 で、俺はまぁ…何か聞いてみるよ。」

「はいはい、わかりましたよっと。……少し遠くだけど人が来てる。もう行くよ」

「おう。互いに頑張ろうぜ。めざせ任務成功!」

「くれぐれもヘマしない様にね?ちゃん」

「佐助もな」


佐助がまた音も無く天井裏に入り込んでいってから数十秒後、開かれた障子の先には 先ほど家康の隣に居た青年が立っていた。小さくお辞儀してを見る。 この礼儀正しい様子を見ていると先ほどの女官(くのいち)がどれだけ自分に懐疑心を持っていたのかが よく解る。とは言っても誰があのくのいちに令を発したのかも解らない状態だ、油断は禁物。 はそれを何度も反芻した。


「夕餉の準備が整いました。私に着いて来てくだされ」

「はい。有難うございます」


さぁ、騙しあいの始まりだ。