偵察とか言うのはさ、ホラ、大切なんだって。
敵情を正確に把握するのは戦を順調に運ぶ上では不可欠って言うかさ、
大将もそう言ってたし、実際そういうのも俺様の仕事だし。あとは…働きながら療養できるし。
小鳥とか寄って来たりするんだよ、木の上にいると。勿論偵察の鳥じゃあないよ?
それはまぁ、優しい俺様だからかもしれないけ……うわ痛い!すっげー痛い!
ちゃんやめてよその頭おかしい奴を見るような、荒んだ目!
15 佐助と情報収集
カッポカッポ。ブルル。ブルーン。
「誰が言った所為で俺が此処にいると思ってんだよ」
「誰の所為って…もしかしてそれ、俺様?俺様のコト?」
「当然だろ。しらばっくれやがって」
ヒヒーン!
堪えきれなくなって馬を止めてから振り返ったの
後ろには、同じように馬に乗った佐助が忍服でなく一般のヒラ侍のような浅葱裏の服を着て、
付いてきている。
髪も後ろで1つに縛っているので、
いつものチェケラッチョー!今日のパートナーはDJ佐助だYO!な雰囲気はそれなりに
払拭されてはいた。確かにそれは好感が持てないこともないのだが、が腹を立てて
いることはそんなことを題材にしたものではなかった。
は振り返った後、そのへらっとした笑いに脱力して溜息を1つ。
そしてまた前を向いて発進しながら毒づいた。
「偵察ならお前が行けばよかったじゃねーか」
「だってちゃん、戦に備えて土地慣れしないとイケナイって言われたでしょ」
「そりゃー言われたけど」
が戦に行くと決まってから、皆の余所余所しい行動は全くなくなった。
勿論も鍛練場などに足を運ぶようになったし、徐々に覚悟も出来てきて、夜に自主練習をしたり
していた。夜着が汗で滲んで素肌が薄く見えるのを幸村に発見されて鼻血卒倒されるという
事件も起きたぐらいだ。(しかし卒倒した彼は笑っていた)(なんかムカついたから殴った)
それにあわせて柚木たちも部屋付きにもどっての戦世話をするようになった。
甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるが、それが今回の悩みの根源でもあるのだ。
柚木たちが戻ってきてから、の服は彼女達の管理下に置かれた。
以前勘助に借りていた着流しは全てもとあるべき所(つまり勘助のお部屋)へと丁重に返されてしまった。
膨れかえるを慰めながらも彼女等は、暇こそあらば着せ替えごっこでもするようにしての服を
あれこれとコーディネートするのだ。そしてその『暇』は今回のこの任務が決まったときにも運悪く発生した。
いや、このクソ可愛い着物はまだ良い。
は苦虫でも噛み潰したような顔でその下の服を覗き見る。溜息をつく。そして更に見る。
深く溜息をつく。
佐助はその隣まで馬を持っていって、不機嫌を大爆発させているの顔を窺った。
「よかったじゃないの。俺様とお揃いだよ?」
「良・く・ね・ぇ!」
それが、問題なのだ。
今回向かう先での行動は、主として隠密である。最近怪しい動きを見せる近隣のある国の偵察に行くのだ。
そうであるので実を言うと佐助の今の服の下はいつものあの忍服だし、持っている風呂敷包みの中に入っているのは
スナフキン猿飛だった。もちろん、も同じようにして、手提げの袋の中には任務に必要な、いや、忍服になるにあたって必要なものが入っていた。
それはつまり偵察先での行動をより円滑に行う為なのだが、どうもは気乗りしない。
『見目美しい様に良く似合っておりまする!』
万遍の笑みで言った女官の声を思い出した。
こうなってしまう前、は女官との壮絶なバトルを繰り広げた末にある隊服に袖を通した。
いやいやながら着て少し動いてみると、驚いたことに
確かに動きやすかった。しかし一体あのデザインは誰のものであろうか。
柚木だろうか、いや、佐助だろう。こんな服はきっとあの変態にしか作れないに違いない。
(この前の小袖が良い例だ)
予想以上の落胆に佐助は目を丸くした。
しかし黄色の着物に身を包んで、しかも頭は結い上げて飾りまでつけたその様で
膨れっ面をするは哀れというより、可愛らしい。
これがこの先戦に行く者だなんて信じられないことだ。(ていうか可愛いよちゃん。
俺様が娶りたいぐらいだよ)
「少し休もう、ちゃん」
「構わねぇけど…今日中には着くのか?」
「ん?どうだろうね〜、着くとは思うけど。
でももしこの先疲れて眠っちゃっても俺様が抱いて、」
「おし、じゃあ少し休もうぜ!」
「ッチ!少しぐらい乱暴なのも好きっ…って言ってたくせに…」
「お前今何つった佐助コラもう一遍言ってみやがれ」
「俺様の夢ン中のちゃんはずっと正直なのにね」
「同意を求めるな!そして俺の夢を見るな!」
変態を相手につながらない会話を続けながら、手綱を川辺の木に巻いて馬を休ませる。
佐助もそれに続き、2人で砂利場の大きな石の上に座り込んだ。
は服の裾を両手で掴み川の中に飛び込んだ。
すると魚が足を突付きに来る。楽しくなってキャッキャと魚を追い回していると、
あろうことか浅瀬に突っかかって転びそうになった。しかし『なった』だけ。
うばー!来るなら来い!と奇声を上げて水しぶきを待っただったが、それを支えたのは佐助だった。
「っと、危ねぇ。ダイジョブ?」
「お…おう、有難う佐助」
「いーえー…それにしてもちゃん、普通の町娘みたいだぜ。その服装だと」
「じゃあ何か、お前は人買いか。んで俺は売り物か」
「そりゃ困ったねぇ。俺様はちゃんを誰かに売るつもりなんてないよ?」
「わかってるよそんな……あっ!また!」
そう言っては佐助に密着していた体を離すと、またバシャバシャ水を撒き散らしながら魚捜索を再開した。
密着してが行き成り体をびくつかせるものだから佐助は発情しかけたのだが、理由がわかると
成る程、と思った。先ほどから佐助も魚の総攻撃を受けていたからだ。ピラニアみたいなヤツがさっきから
自分の周りをうろちょろしていたからだ。
幼子のように大声で叫びながら魚を追い回すをもう一度見た。
本当にこうやって見てみると普通の女の子だ。口調さえ大人しくなればなんの問題もないだろう。
というかこれから先、あの見てくれであの口調というのは些か印象的
過ぎるというか、隠密には向いていないというか。佐助は『も連れて行け』という信玄の
言葉の意味がよく解った。は見た目に合った行動が出来るように成る必要があるようだ。
「ちゃん、ちょっといい?」
佐助はピラニアが噛む所為でもう川から上がっていたので、は魚にサヨナラを言って
馬を繋いでいる木陰まで上がってきた。どうして切り上げて戻ってきたのかというと、
もう出発するのかと思ったのと、佐助の表情が少しだけ真剣じみていた所為だ。
「こっから先はもう本格的に敵の領地になるんだけど、それはわかる?」
「おう。隠密行動だろ?目立たないようにしないとなんねぇ」
「ごっ名答。それが解ってンなら話は早い。そんでちゃんにはこれから普通の女の子みたいな
振る舞いをして貰わないといけないんだけど、いいね?」
任務の事について話す佐助は勿論とても真剣な顔だから、は佐助がふざけているようには見えなかった
けれど、流石にその発言は冗談のように聞こえてならなかった。しかし彼はいたって真剣だ。
隠密行動なれば仕方のないことなんだろう。はそういう点は融通が利いたし、何分見た目がこうなので
いつかそんな振る舞いをする必要も出てくるだろうと思っていた。
「よし、解った。俺が、」
「『俺』が?」
「………わたし、が」
「そうそう」
良く出来ましたと頭を撫でられた。それが信玄ならば素直に喜べるものを、佐助が相手だと少し馬鹿にされている
ような気がする。はその佐助の手を掴んで俺は餓鬼じゃねーよと言ったけれど、また反芻されて、
私は子供じゃないのよ、と唸り声で渋々言い直した。
(なんかコイツの趣味に付き合ってる気がしてなんねぇ…)
「なぁ佐助。向こうにいる限りこの口調じゃねーといけねーのか?」
「うん、そういう事になるね」
「そりゃそうだよな…」
しかし元は男の、了解はしても納得など、そう簡単に出来たものではない。
任務だから仕方がないとは言えるものの、元を問いただせば自分は城に居る人間なのだ。
朝起きるなり着替えをさせられて、馬に乗って、連れられるままに此処まで来たが、
要領以上を強いられて居るように感じる。
それをしゃがみ込んで馬に乗る準備をしながら
見ていた佐助は、仕方ない、と言わんばかりに首を鳴らしながら立ち上がった。
「さもないと、」
とん。
「……ほ?」
佐助は両腕を伸ばすとを通過して、その後ろにある木に肘から上を密着させた。
顔を上げたの目の前には佐助の顔。しかも思ったよりそれが近くて、はつい、
息を呑んで肩を竦ませた。その顔が真剣なのだから尚更だ。
色素の薄い瞳がの目玉を離す兆しは見られない。
佐助はを木に押し付けたままだ。
は最初その佐助の顔を見つめていたけど、次第に気恥ずかしくなった。(ふ、深い意味は無ぇぞ)
真剣な佐助の顔はそうそう見慣れていない。気持ち悪いとか言うつもりはないけれど、
慣れない物は慣れないのだ。は合わせていた目を逸らして、横を見ようとした。
しかしそれは、佐助の片手で遮られてしまう。
「な、」
佐助はの顎に手を添えるとまた自分の方を向かせた。の驚いた表情が
また佐助の眼球に映る。狭い肩幅の上に乗った幼さの残る顔の瞳が、たった今は自分しか移してない事に
少しばかりの愉悦を抱えながら、
佐助はその手を頬までゆっくりと移動させる。
その感触の気持ち悪さに顔をゆがめ、小さく歯を食いしばるが酷く扇情的だ。
「男に言い寄られた時…どうやって逃げ切るの?
それとも俺様がここで、思い知らせてあげようか」
いつもの垢抜けた笑いでなく水底の様な、どこかに陰りのある笑みに、は背筋が凍る感覚がした。
つまり、男の様な振る舞いでは他の記憶に残ってしまう、というのだ。
それはもっともなことだ。今回の目的が観光で無い限り、目を引くわけには行かない。
だが、だがしかしだ。ここまでやる必要が何処にあるのか。(迫る必要が何処にあるって?アァ?)
一瞬の戦慄の後、並々ならぬ疑問と怒りを抱いたの体は自然と動いていた。
「佐助…」
「ちゃ……っ痛ァー!」
「死ね!今までに無く最高に死ね!
嗚呼、ちょっとでも真剣に聞いた俺が馬鹿だった…
キモ過ぎて笑えてくるぜ、ははは!あーはっはっは!」
の黄金の右手から繰り出される
ヘビー級のボクサーも赤子同然で真っ青な拳が、見事佐助の胴にクリティカルヒットした。
スローモーションで崩れ落ちていく佐助を、デス○ートの夜神MOONのように醒めた表情で
眺めるは何と言うか既に神だ。
たかが少女の一撃であっても、ツボに入ったものは痛い。
言葉にならない声をもらして佐助が地面に伏せると、
は馬に乗りながらその猿の亡骸に言い掛けた。
「お前と居たら俺の貞操が非常に危険だ。
花は手向けてやっから目的地で会おうぜ、相棒。」
「ふ、不意打ちなんて非道くない…?」
「いやですわ佐助様ったらうふふ!
テメェは忍者だろ馬鹿がくたばれでございますわ」
カカッ!
はシャラシャラして正直馬に乗るときに邪魔になっていた簪をつまみ上げると、
起き上がりつつある佐助に思い切り投げた。素早く宙を裂いた簪は佐助の頬を掠った。
(そして直ぐ傍の木に思い切り刺さりこんだ)
佐助がの明らかな殺意を感じながらも、乙女語で話しかけられたのが思いのほか
グッと来て、いいねぇそれ、とデレデレしながら言ったので、今度は簪が彼の頭に突き刺さった。
は馬を進行方向に向かせると、佐助に振り返った。
頭に刺さった簪を抜くのに必死になっている佐助が笑える。
「町に入って一番最初の茶屋で待ってる。じゃあな」
「いやぁービックリした。まさか簪が俺様の頭皮に根を張ろうとしてたなんてね」
やっと簪が抜けてすっきりした佐助は、そのちょっと呪いが掛かったような簪(ていうか
もう先端が簪の形じゃないよ、コレ)を懐にしまいながら、
が進んでいったほうを見た。しかし当然のことながら、姿は見えない。
行く先は教えていたし、此処からさきは一直線だから大丈夫だろうとは思うが少し不安がよぎった。
『そこらは最近盗賊がでるようじゃ、よくよく気をつけておけよ、佐助』
行く前に佐助だけに言われた言葉。に言ったりしたなら退治しようとか言い出すからに
違いないのだが、内密に佐助だけに言われた、ということはつまり、その盗賊からを守るのは、
自身でなく佐助だと言うことだ。
「…大丈夫じゃーないかな、うん」
あの破壊的な実力だ。そんなに心配することも無いだろうが、やはり万が一と言うこともある。
佐助の脳内に盗賊に捕まってしまったの様子が浮かび上がる。
『いやぁ!やめておくんなさい!』
『もう逃げられんよお嬢ちゃん、ハァハァ』
『メイド服を着て写真を取らせるのでおじゃる』
『萌〜!萌だべ〜!ちゃ〜ん!』
『Let’s party!Ya−ha!』
『あァ〜れェ〜!助けて佐助様ァー!』
『忠勝ゥー!』(?)
「俺様が助けに行くよちゃ、いや、!」
サラサラ川の流れる辺で佐助は絶叫した。
明らかに盗賊なんかやったら切腹を申し付けられるような人間が八割を占める、
全体が脚色と変態臭に満ちたピンク色の妄想は佐助を爆発的なパワーでもって動かすにはうってつけだった。
ジャンプ攻撃の時のような突き刺さり方で勢い良く馬に飛び乗ると、佐助はが進んでいたほうに
驀進していった。(後に彼は『あそこまで必死になったの初めてだったよ(爆笑)』と答えた。)
「えーっと、ですね」
は困っていた。
道に迷ったからとか、そんな理由ではない。アレクサンドリアフィンドルスゴビッチ政宗が
癇癪を起こしたからでもない。さっきピラニアみたいな魚に噛まれた所が今更になって
痛み出した、という訳でもない。(最初から痛かったぜ☆)
悩みの種は目の前に横一列に並ぶホモサピエンスだ。
「そこを退いてくれませんかオジサマ達。行くところがあるんです」
「そんじゃあ1つ俺らと遊んでいこうぜぇ、嬢ちゃん」
「いや、ですからねオジサン。時間が押してるんですよ」
それなりに真剣に話すを相手にその盗賊たちは下卑た笑いを顔に貼り付けたまま
、へへへと笑った。それがえも言われなく気持ち悪い。
は頬をかきながら溜息をついた。真っ直ぐ行かないわけには行かない。
佐助に聞いた話によると、少しでも脇道にそれると道が複雑になっているらしいのだ。
以前ヴァイオレンス蘭丸とニワトリ事件で道に迷ったは、道に迷った時の難儀さは
重々理解していたし、今回は仕事(?)上、無駄に時間を食うわけにも行かなかった。
しかも敵領地内の相手には男言葉を使うなといわれている以上乱暴な言葉を使えずに敬語。
不貞に対しては堪え性が殆ど無いは、イライラしていた。
「どうしても退いてくれないんですか?」
「どうしても?いいや?違うよ嬢ちゃん。もっと簡単だ。
オジサンたちと遊んで、その可愛いおべべと荷物を置いてってくれれば逃がしてやる」
「仕方ない、ですね…」
(敬語は疲れる…)
は馬を下りると服を叩いた。その動作に盗賊はが観念したのかと思い笑みを深くした。
うち1人がに近寄り、その華奢な肩を掴もうとする。はずっとその動作を見据えたままだ。
そして男の手がの肩に掛かる。
「よーしいいぞ。こっちに来、」
「…触ンな」
手が掛かった瞬間、その男はの小さな呟きとともに吹き飛んでいた。
盗賊が並んでいたその後ろの木に衝突して、男は苦しそうに飛沫を吐き出す。
行き成りの出来事で一体なにが起こったのか解らずに呆然とする男達。
当然だ、唯の町娘と思っていた少女がハンパない怪力でもって、一発で仲間を伸してしまったのだから。
「次はどなたですか?」
蹴り飛ばした足をニ、三回振って元に戻すと、は拳を鳴らしながら動揺している盗賊たちの元に
近づいていく。その理解不能な戦闘能力と落ち着きように、盗賊のうち何人かはもう尻餅を着いてしまって
、そのまま後ずさっている。頭目らしき男がそれを庇って立ち、の前に立ちはだかった。
まるでが悪役のようなシチュエーションだが、は落ち着いて話し始める。
しかもそれが馬鹿に敬語なもんだから、尚恐ろしく見えて、頭目は息を呑んだ。
「私良く考えてみたんですよ、此処まで丁寧に話す必要があるのかって。
でも何処で誰が見ているか解りませんからね、少しだけ弱者を気取ってみたんです。
そしたらこの通り、なんか変な人たちに絡まれてしまった。思っても見ないことです。
逃げることも出来たんですが、やっぱり血が騒ぐんでしょうね。
こういうことはどうしようもない。もとの私はこんなんじゃないんですから」
何について話しているのかがわからないにしても、目の前の修羅が憤怒しているのはゆうに理解できた。
しかも『元の私』が『こんなんじゃない』とか、『血が騒ぐ』とか。
悪い方向に想像を膨らませていく盗賊たちを目の前に、はニッコリと笑った。
「さて、掛かってきてください?それも出来ないワケではないでしょう?」
馬鹿にした口調に、一気に相手の顔に朱が射すのが解った。
はそれを満足げに確認すると、至極楽しそうにハッと笑う。
騒乱の開始は、鳥の飛び立つ音にまじりこんだ。
□□□□□□□□□□
元は美しく生えていたはずの草木は所々痛々しくかすれて、千切れてしまっている。
それ同様に痛々しい姿で寝転がる男達の中心に立った少女は怪我ひとつ無く、首を鳴らした。
少々痛いのは、殴った拳。見遣ってみると、案の定赤くなっていた。だがこれぐらいなら
数日で元通りだろう。
「…さて、終わったかな?」
は周りの男が全員気絶していることを確かめると、額の汗を拭った。
勘助との時もそうだったが、
やはり着物は実に暴れにくい。それも女物。帯が腹の辺りにある所為で踏ん張ることも出来やしない。
柚木たちは容赦が無いので、食事を取った後でも遠慮なく最高出力で締め上げるのだ。
(中身出る!と言っても聞く耳を持たない)
は身を翻して、馬のところまで戻ろうと歩を進める。
しかしその背後にはもう1つの影が迫っていた。
あの頭目だ。気絶したフリをして、が油断する隙を狙っていたのだ。
音を立てないようにして懐から刀を取り出し、そして立ち上がって構えると、
一直線にに向かって走り出す。
「ナメんじゃねーぞぉぉぉぉ!」
実は何人かが気絶していないのはわかっていたし、何も反撃しないのならば、
もう戦う気が無いのなら、放っておこうと思ったのだ。
それなのに、この意地汚い手口。こうなるかとは思ったが一度静まった意識が再炎して
来たは、今度こそこの男を完膚なきまでに、とその横っ腹に足を埋め込もうとした。
ガキン
本来ならば足の当る、あの少し生生しい音が聞こえるはずなのだが、
は突然目の前に現われた壁に遮られてその足を止めた。
その代わりに金属と金属のぶつかるような、嫌いな人も多いであろう
あの鼓膜に良く響く音がした。そして更には何かの倒れる音。
恐らくはそれはあの盗賊の男なのだろうが、はそんなことに気を使っている暇など無かった。
「…まじでか」
声はかすれて、誰の耳にも入らなかった。
「ちゃん何処に行っちゃったのー?」
馬を走らせる佐助は確実にの進んだ道を走ってきていた。
しかしは一向に見つからない。それほどのスピードで走っていったのだろうか。
だとしたらもう、茶屋についている頃だ。しかし横道に居るかもしれないのでそこまで脇目も振らずに
走っていくわけにも行かない。
団子100本とか食べて、それを全部俺様が払わないといけないなんて事にはなりません様に。
そんなこんなで犬並の嗅覚がとても欲しい今日この頃だ。
しかし少し進んだ先の情景に、その必要は無くなったのだと理解する。
「ひっでぇなぁ、こりゃあ」
四方に吹っ飛びまくった男達が気絶していた。息はあるようだが、蒼痣やら擦り傷やらで
可哀想なことこの上ない。だがその装いにこれがあの『盗賊』なのだろうと思った。
しかもこの惨状だ。を襲いでもしたのだろう。佐助は視界の端に少しだけ動いた影があったので
そちらに行くと、荒い息をする男が佐助のほうを見ていた。
「あーあ。可哀想にね、ちゃん相手に喧嘩売るなんて。
ところでお前らを伸してった女の子、どこに行った?」
「あの女、は―――」
「え?」
その返事を聞いて、佐助は一瞬笑顔のままフリーズしてしまった。もう一度聞き返そうとして
その男を見てももう既に気絶してしまっていたし、また回りを見て廻っても今度こそ全員が気絶していた。
おかしいと思ったのだ、荷物はないのにの乗っていた馬がこの場にあることが。
「本多忠勝に連れて行かれた……?」