俺ァかくれんぼも鬼ごっこも得意だが、両手繋いで逃避行は苦手だ。

逃避行なんて、今日びロミオとジュリエットかよ。
なんでこんなに走る必要がある?馬で追跡でもされてンのか?
何気にエクササイズ中なら他を当たってくれ頼むから。
え?エクササイズじゃない?運動?一緒じゃねーか馬鹿タレ。







11 ナマイキな餓鬼







達が走りに走ってたどり着いた先は村はずれの森だった。

まだ昼過ぎで、鳥の声が騒がしい。
木立の間から入る日光はいかにも強く、まだ三時ぐらい だと言うことが予想される。直ぐ隣に川があって、さらさらと小粋なBGMが空間に満ちる。


「お、お前の為じゃないからな!」


息も落ち着いてきたときに第一に発せられたその声に驚く。

としては何が『お前の為』と勘違いされることだったのかすら判らない。
もしかして、途中で山道とかを通らずに安全な道ばかり通ってくれた ことを言っているのだろうか。
(そりゃ、あぜ道通るよりは楽だったけど) (でも走らないのが一番楽だったはずだ)


「何がだ?」

「何がって、蘭丸がお前を連れて逃げたことだよ!」

「ふーん。お前蘭丸ってのか」

「あっ…」


今気付いたように目を丸くして見せれば直ぐに、しまった、というような 表情になり、口を片手で塞いだ。魔王の子とは言うが、蘭丸とてまだ10そこら。 子供らしさが微かに見える仕草が可愛らしい。


「なんだ?名前、聞かれちゃまずいのか?」

「なんで蘭丸が言わなきゃなんないんだ?お前なんかに関係なイタタタタ!

「お前に無・理・や・り連れてこられたのは誰だ?いってみろ?んー?」

「おっ、お前だよ!蘭丸が連れてきたのはお前!コレでいいんだろ!」


もはや自棄になった蘭丸の回答に満足したは引き伸ばしていた両耳を離した。
蘭丸がその可哀想なことになった耳をさすりながらを恨めしそうに見るのが 愉快で仕方なくなって、声を出して笑った。 蘭丸は口を尖らせて講義する。


「蘭丸が痛い思いするのがそんなに嬉しいのかよ!」

「いやね、魔王の子がこんなに表情豊かだとは思わなかっただけだよ」

「お前…蘭丸のことを知ってるのか?」


(しまった)

今度はのほうがとんだ失言をしてしまった。
蘭丸の懐疑的な眼差しに刺されたは言葉にならないような、曖昧な声を 出しながら目線を逸らした。それでも蘭丸はの視線の方へ回り込み、なんとしてでも 目を逸らせまいとする。逸らしては合い、合っては逸らす。そんな攻防が何度が続く。


「ぶにゃ!な、なにすんだよ蘭丸!」

「お前が蘭丸と話しないから悪いんだよ!」

「いや、話をしない訳じゃなくて…なんというかだな」

「じゃあ蘭丸の眼を見て言ってみろよ、言えないんだろ!」

「こンのガキ…」


何度も繰り返すうちに限界が来たのは蘭丸のほうだったらしい。
矢も盾も溜まらずにの両頬を手で挟みがっしと固定した。 その突然の行動には溜まらず未確認生物の様な声をだしてしまった。

そのあともは黙秘権を最高に酷使してだんまりを決め込んだが、 蘭丸は引くどころかなおの頬に力を入れる。 (こんなんで話せるわけねーだろ!)


「わひゃった!わひゃったはら、はなひぇって!」

「本当だな?嘘ついたら弓でウエスタンラリアットだからな!」

「ヒュミでフエヒュタンラリアッヒョ!?」


どこか上からものを言うこのクソガキの態度に何処となくイライラしながらも、は 頬を引っ張って原型に戻しながら、先の蘭丸よろしく恨めしげに見遣った。
今度は蘭丸が上機嫌だ。


「蘭丸じゃなくてお前が悪いんだよ」


蘭丸はご丁寧にも語尾に『ハッ』と笑いを含めた。
普通に言えばまだ可愛らしさが在るものを、 此処までナマイキな台詞に出来るのは、もう一種の才能だろう。 (魔王の前では可愛い子なんだろうけど)


「で、お前何者だ?お前が知ってる蘭丸のこと、全部言いなよ」

「お前こそどうして甲斐に来たんだ?」

「蘭丸の質問が先!ほら早く!」


は額に手をやって溜息をついた。本当に困った子供だ。
今此処で蘭丸に話してしまえばその情報は間違いなく織田に持って帰られてしまう。
つまり自分の名前が他の国、しかも軍中に知れてしまうということ。

それはこの世界に異物としてやってきた自分としては、なるだけ避けて通りたい道だった。
ことに自分が居付いたのは、甲斐武田。 いつ自分が足手まといになるかわからないのだ。


「じゃあこうしよう!俺はお前のことは誰にも言わない。知り合いにも、勿論上にも。
だから蘭丸、お前も俺に言及するな。な?これなら簡単だろ?」

「蘭丸が訊かなくてお前が言わない?それだったら蘭丸が損してるような…」

「あー違う、勘違い勘違い!寧ろ俺が損してるって!」

「?だってお前が蘭丸のことを言わないで、」

「いや、だから!だからね蘭丸!」


と蘭丸の口論は人気の無い川の隣で延々と続いた。
そして途中で蘭丸のツッコミの才能が開花した。 しかし生きてきたリーチの長さの差でが勝利し、蘭丸に自分の言うことを 洗脳的に信じ込ませたのであった。(まるで1話の威鞘みたいにな)

因みにこんな風に勝利に至った。


「絶対に蘭丸が損してる!お前、蘭丸を騙そうとしてるんだろ」

「そんなことねーよ?お前を騙して何になる?
ちょっとスッキリするだけじゃねーか

「スッキリの時点で動機が丸見えだよ!」(開花)

「なぁ蘭丸」

「なんだよ!」

「腹へったな」

「腹ァ?蘭丸は減ってな」(ぐきゅるー)

「減ってな?何だって?」

「……い、ワケじゃ、ない」



□□□□□□□□□□



「蘭丸そっち!そっち行ったぞ!」

「蘭丸に任せなよ!」


晴れきった空を一直線に切るように、とす、と正確に矢が刺さる。

仕事(つまり偵察)が終わってしまった今、城下に戻るのは危険に他ならないと言う 蘭丸にあわせて川瀬で魚を捕まえていた。 何も無いのなら大変だったろうが、ここには弓使いが居る。しかも武器は雷属性だ。 ぷかぷかと水面に浮かぶ魚を陸まで持って行きながらは一息ついた。 見上げる石の上に蘭丸が居る。


「へへん!蘭丸に感謝しろよ!」

「流石は蘭丸様だーすげーなー」(棒読み)


上機嫌な蘭丸を視界の端にしたまま、魚を火に掛ける。
昼間の雰囲気はもうじき変わろうとしていた。


「ほらよ」

「あ、ありがt……礼なんて言わないからな!」

「はいはい」


どこまでもツンデレな男の子だが、どうしてか憎めない節があるから不思議なものだ。
は火の向かい側に居る天邪鬼な少年を見ながらそう思った。
こちらの見つめる視線にすこし気を配りつつも少しずつ魚を食べ始める紫の子。
食べ盛りの凄まじさというところだろうか、ものの数分で食べきってしまう。


「蘭丸はここに1人で来たのか?」

「蘭丸は信長様に命ぜられて来たんだよ」

「…のぶなが様に、ねぇ」


が『魔王の子』という単語を知っていた所為だろうか、なんの躊躇すらなく 城主の名を出した蘭丸に少しだけ面食らいながら話を聞く。


「蘭丸は信長さんが好きなんだな」

「好きぃ!?恐れ多いぞお前!蘭丸は信長様を尊敬してるんだ」

「ンじゃあ好きな子とかはいないのか?」

「好っ…居るわけないだろぉ!」


真っ赤になる蘭丸。この様子ならきっと意中の相手が居るのだろう。
『好きな子』という単語が出ただけで此処まで動揺できる所がまた、羨ましい。
がこの年代の時は、大抵の人に女だと思われていたので人間不信に陥ってる年代だ。 正直に花ちゃん(女の子)が好きと言った時の周囲の表情といったら、それは凄まじいものだった。

(真っ赤といえば…)

ふとよぎった言葉に何かを思い出しそうになって、は手を顎に当てた。
いつも何か思い出すときは、思い出すか出さないかのギリギリのライン上で結局失敗するのが憎たらしい。 日常用品が無くなった時に新調したら出てくるのもこういう原理なんではないだろうか。

未だに『好きな子』に反応したまま赤面中の蘭丸を放ったままは考えていたが、その答えは直ぐに 出てきた。真っ赤で従順な柴犬の様なイメージが浮かんで、来る。





「あいつ等とはぐれたの忘れてた!!!」





蘭丸が驚きのあまり眼をまん丸にした。
考えていたであろう想い人のこともきっと吹っ飛んでしまったに違いない。


「ど、どうしたんだよお前」

「連れとはぐれててさ、今思い出したんだよ」

「蘭丸はそんなの見てないぞ」

「蘭丸に会う前にはぐれちまって…もう帰んねーと。
残念だけどサヨナラだ蘭丸」


重大な事実を思い出した途端には急ぎだした。
蘭丸がその理由を聞くと、うるさいのがもっと五月蝿くなるから、と答えた。他に言い表しようが無いらしい。 (蘭丸には全く意味がわからなかったが) 蘭丸が魚を食べ終わったのを確認して火を消すと、座っていた体勢から腰を上げて埃を払う。


「おい!待てよ!」

「なんだよ?」


急いで自分も石から腰を上げて、もう帰ろうとしているに声を掛ける。 しかし声を掛けた先のの、別れる事を何も気にしていない様子が妙にもどかしく思えて、 喧嘩でもする剣幕でに向かう。


「お前が蘭丸の名前だけ知ってるのは不公平だろ!教えろよ、お前の名前!」

「何怒ってんだ蘭丸?何か気に障ったか?」

「お前の名前だよ!名前!言えよ!」


暫し蘭丸の癇癪じみた発言に呆気にとられていたが、次第に意味がわかってきて ポカーンと開いたの口元に笑みが戻り始めた。つまり蘭丸は自分の名前を知ろうと躍起になっている のだ。(その笑みで蘭丸がなんとなく恥ずかしいような 気分になったことは、彼だけの秘密である)

はゆるく笑んだまま蘭丸の頭に手を置いた。


「よし。そんじゃあお前は、秘密を守れるか?」


その口調。見えない圧力が掛かるようなゆっくりとした口調だった。 少し前にもこんな圧を受けたことがある。城主に武田に偵察に行くよう言われた時だ。 一対一の部屋で、明かりもつけずに言われた言葉はいつもどうりだったのに、息を呑んでしまったのを 覚えている。それに酷似している。


「ら…蘭丸を子供だと思うなよ。そのぐらい、できる」

「ならいい。教えてやるよ」


そう言ってニカッと笑んだ瞬間に、先ほどの圧は元から無かったように消えてなくなってしまった。 知らずの内に頬に汗が伝いかけていたのを無造作にぬぐって蘭丸はの方を見る。 しっかりと合った目線の中で、ゆっくりと見える瞬きの動作、睫の長さに目を奪われた。

(これが男…?)


「俺の名前は


悪意に満ちているのか、自信があるのか。そんな風に笑んだの口元。 奥に光る怪しげな光が、御伽話に聞く九尾狐の尾のようで、自分の瞳孔が広がったり狭まったりしているのが 判る位、永遠な時間が過ぎるように思える。


「出身はこの日の本。言ってみれば躑躅ヶ崎に巣食う異端児、だ」

「日の本の、異端児…?」

「俺は此処の世界に居るべき人間じゃあない」

「じゃあお前は、何処に居たんだよ?」

「…ずっと先の、」

「…ずっと、先の?」

「っぶははは!なァんつって!冗談、冗談!
ったく、小さい子は可愛いなぁ〜」


真剣に反芻した蘭丸の表情を見て、は満足そうに、白くて並びのいい歯を見せて笑んだ。 からかわれた、と蘭丸が気付いた時、は川瀬からもっと離れた、元来た方向へ歩き出していた。 走ったのだろうか、それとも自分が長く硬直してしまっていたのだろうか。随分と距離が開いてしまった。

今追いかけても無駄だ。立ったまま後姿を眺めていると、それは少し進んだ後に振り返った。


「じゃあな蘭丸ー!また甲斐に来いよ!」

「は?」

「今度は甘味でも食いに行こうぜー!」


何を言っているんだ、あれは。蘭丸は先刻見たの違う表情の事はすっかり忘れてしまって、 視界の奥で大きく手を振るを見つめた。手を振り返さないのも失礼な気がして、 小さく下手に手を振った。姿が見えなくなるまで見送って、小さく溜息をついた。 甲斐偵察最終日だったが、今日は人一倍疲れた気がする。


、か……変な奴」



















カラスもとうにへ帰った時刻。 はやはり城へ帰る道を甘く見ていた。入り組んでいて帰り難いどころか、唯歩いているだけなのに もといたところに戻ってしまう。どうしようか、 と困り果てた時に偶然女官に会えたことは運命だったのだろう。


「どうして勝手にあの城下で進んじゃったりするかなー?
俺たちがどんだけ心配したかわかってるよねちゃん?」

「某も心配で心配で!矢も盾も溜まらず城に戻って捜索をしたのだ!
いやしかし…無事に帰って良うござった…!」


帰るなり言葉攻めにあったは、ついでに幸村の抱擁(なんかこれ日常化してないか?) も受けながら曖昧に笑った。佐助も黒オーラ全開で怒っているようだし、幸村も涙目で必死だ。 背に廻った腕に力が加わって正直苦しい。

しかしの機嫌はとても良かった。


「幸村、佐助、ただいま。あのな、今日友達が出来たんだ」

「はいよ、お帰んなさい……男友達?だったら俺様一度会ってみたいなぁ」(ゴゴゴ)

「なれば殿は1人で居たわけではなかったのでござるな?
武田の武士としてその友とやらに感謝せねばならん。一度目通り願いたい」
(にこ!)

「お前らから同じ魂胆を感じるんだが」

「失礼いたします。会談の途中とは存知まするが、様に届け物がございます」


柚木は佐助もビックリの気配の消しようで、襖も開けず廊下にある行灯の火を背に登場した。 襖に映った影がぺこりと頭を下げる。は話を中断して柚木についていくことにした。


「誰が届けてきたんですか?」

「それは判りかねまする。様宛、と城の前に無造作においてありましたので。
それだけならよいものを、あまりに五月蝿いので女官が発見いたしたのです。」

「五月蝿い?」

「ええ。とても」


この先です、と案内された先は普通の家で言う玄関、つまり屋敷に上がるところだった。 どうやら柚木たちは門前から此処まで必死に運んできたらしい。玄関の辺りに肩を揺らしている女官達が 2、3ちらほら見える。

ここまで女官達を梃子摺らせるものって一体…。不審がって近づくだったが その不安もすぐに随分前の記憶になって戻ってきた。





「コクァークァーッ!」

「キャー!このニワトリ、凶暴よー!」

「縄を持つのよ!その縄よ!」

「コケー!」

「ああっ私の友が!」

「助けてぇー!!」

「コッケコッコゥオー!」





「……」

「この有様でござりまする」


地獄絵図か。

は目の前で繰り広げられる惨劇から目を逸らさずに入られなかった。 というか殆ど自分も加害者である。パンパンの麻袋の上に乗ってランオンの如く 一鳴きしたニワトリに目を向けるとどうやら怒っているようだ。 しかも鳥は夜目が利かない。恐ろしさも在るのだろう。


様!危のうございまする!」

「私の友のように髪を突付かれまする!」

「大丈夫大丈夫。女官さんたちはちょっとさがってて」


様、雄雄しい…!)


知らずの内に女官の羨望の眼差しを受けながらは凶暴化したニワトリに近づく。 誰もがの身の危険を心配したが、 近づく人間に威嚇するつもりで大きく口を開いたニワトリの声はあっけないものになった。


「コ…!」

「よぉ、暴れん坊ニワトリ」

「…クァー」


の姿を見るなりニワトリは直ぐに落ち着いて足元へ行き小さく鳴き始める。 その落ち着き様に女官たちがまぁ…と口々に声を上げた。

こうして不審物ニワトリ事件はの活躍によってハッピーエンドを迎えた。 は小脇にニワトリを抱えたままで幸村たちの元へと帰り、ニワトリを紹介した。 (案の定ニワトリは幸村たちには懐かなかった)


「何が届いていたのでござるか?」

「ん?いや、俺がはぐれた時に置いてけぼりにした荷物だよ。それだけ」

「じゃあそん中に、この憎たらしいニワトリも入ってたってわけだ」

「クワァ!コケッコココゥ!」

「猿と鳥は仲が悪いものなのか?幸村」

「いや、そんなことは無いと思うのだが…」


新しい仲間が加わって直騒がしくなったが、それがまた心地いい。

麻袋に見慣れぬ袋(金平糖だった)を置いた主がどれだけ必死になって この人馴れしないニワトリとあの麻袋とを持ってきたのかと思うと 笑えてきて、幸村、佐助、ニワトリを前に声をだして笑った。 (勿論ご乱心でござる!と心配された)








「っくしゅ!っぺし!」

「あら蘭丸君。風邪ひいたの?」

「そ、そんなことないです濃姫さ…っくしゅん!」